買い出しでスーパーに寄ったときのことだった。
夕方でレジはかなり混んでいた。
カゴを持った人たちがずらっと並び、レジ前の列はゆっくり進んでいる。
私はその列の真ん中くらいに並んでいた。
すると、後ろからニコニコした顔の年配の女性が近づいてきた。
そして、私に向かって言った。
「私これだけしか無いので、先にレジいいですか?」
手には小さなヨーグルトが一つ。
確かに、それだけだった。
でも、私はすぐに後ろを見た。
私の後ろにも、まだ何人も並んでいる。
前にも人がいる。
つまり、私が「いいですよ」と言えば、その人たち全員を飛ばしてしまうことになる。
だから私は普通に答えた。
「いや、並んでください」
その瞬間だった。
女性は「え?」という顔をした。
本当に、鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔だった。
どうやら、断られると思っていなかったらしい。
数秒、固まっていた。
でも次の瞬間、女性は諦めなかった。
私の前に並んでいる男性に話しかけたのだ。
「これだけなんですけど、先にいいですか?」
その男性は少し困った顔をしたが、結局こう言った。
「ああ…いいですよ」
周りの空気が、少し変わった。
「やっぱり譲るのが普通なのかな」
そんな雰囲気になりかけた。
その瞬間、私は言った。
「いいですよ」
二人とも、こちらを見た。
私は続けた。
「その代わり」
そして前の男性を見て言った。
「その方の代わりに、あなたが最後尾に並び直してください」
一瞬、空気が止まった。
男性は完全に固まった。
「え?」
という顔をしている。
私は静かに言った。
「その人を先にするなら、その人の順番をあなたが引き受けるってことですよね」
後ろに並んでいる人たちにも聞こえるように、はっきり言った。
「後ろにも並んでる人いますし」
すると、後ろから声が聞こえた。
「確かに」
別の人も言った。
「順番ですからね」
さらにもう一人。
「それが公平ですよ」
一瞬で、空気が変わった。
さっきまで静かだった列が、一気にざわついた。
男性は困った顔になった。
「いや…それは…」
女性も顔が引きつっている。
どうやら、こんな展開になるとは思っていなかったらしい。
私は続けた。
「順番守ればいいだけですよ」
「みんな並んでますし」
その瞬間、後ろの人が笑いながら言った。
「そうそう」
別の人も言った。
「並べばいいんですよ」
完全に、流れが変わった。
女性は周りを見た。
さっきまでニコニコしていた顔が、明らかに気まずそうになっている。
数秒、沈黙。
そして女性は小さく言った。
「……じゃあ、並びます」
そう言って、後ろへ歩いていった。
列の最後尾に向かって。
その瞬間、後ろの人たちから小さな笑いが起きた。
「強いな」
と誰かが言った。
別の人が小声で言った。
「よく言ってくれた」
私は別に怒っていたわけではない。
ただ、順番の問題だと思っただけだ。
それから数分後。
ようやく私の番が来た。
レジで会計を済ませて店を出たとき、
ふと後ろを見ると、さっきの女性がまだ列の途中に並んでいた。
そして、もう誰にも声をかけていなかった。
どうやら、
「これだけなんですけど」
という必殺技は、
その日で通用しなくなったらしい。