隣の家に新しい住人が引っ越してきたのは、つい最近のことだった。
最初に顔を合わせた時は、普通の人に見えた。
挨拶もしてくれた。
こちらも、
「これからよろしくお願いします」
と頭を下げた。
狭い土地に家が並んでいる地域だから、隣同士の関係は大切にしたかった。
揉め事なんて起こしたくない。
そう思っていた。
ところが、数日後。
家の脇を見た私は、思わず足を止めた。
隣の車が、うちの外壁すれすれまで迫っていた。
白い大きな車。
タイヤだけを見れば、隣の敷地内に収まっているように見える。
しかし、車体の後ろがタイヤより大きく張り出していた。
その張り出した部分が、境界線を越えてこちら側へ入っているように見えた。
外壁との間には、人一人が通れる隙間さえない。
点検のために外壁へ近づくことも難しい。
雨どいや配管に何かあっても、簡単には確認できない。
それ以上に怖かったのは、車を出し入れする時だった。
少しハンドルを切りすぎれば、外壁に接触するかもしれない。
荷物を積み込む時に、硬い物をぶつけられるかもしれない。
私はしばらく、その光景を黙って見ていた。
「これくらい、小さいことなのかな」
自分にそう言い聞かせようとした。
タイヤは隣の敷地にある。
車体の一部が少し出ているだけ。
気にしすぎだと言われるかもしれない。
引っ越してきたばかりの相手に注意して、関係が悪くなるのも嫌だった。
でも、毎日その場所を見るたびに、胸の奥に小さな引っかかりが残った。
一度気になると、もう見ないふりはできなかった。
私は家族に相談した。
「ボックス型の屋外倉庫を置いたらどうかな」
物置を置けば、物理的にこちら側へ車体を出せなくなる。
境界も分かりやすくなる。
一見、良い方法に思えた。
でも、すぐには置かなかった。
感情的に物を置けば、
「嫌がらせで置いた」
と言われるかもしれない。
こちらの敷地だから自由だとしても、最初から喧嘩を売るような形にはしたくなかった。
だから私は、まず状況を残すことにした。
車の位置。
境界標。
外壁との隙間。
タイヤの位置。
車体の張り出し。
同じ角度から、日付を変えて何枚か写真を撮った。
車には触らない。
勝手に測らない。
紙を貼ったりもしない。
ただ、自分の敷地側から見える状態だけを記録した。
そして、家を購入した時の図面を出した。
境界標の位置も確認した。
土地の角には、小さな境界の印が残っていた。
前と後ろ。
二か所を結べば、境界がどこを通っているのか分かる。
私は細い糸を用意した。
地面を傷つけないように、二つの境界標の間へまっすぐ張った。
すると、違和感の正体がはっきり見えた。
タイヤは確かに隣の敷地内だった。
しかし、車体の後部は糸の上へ張り出し、こちら側へ入っていた。
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