お墓参りに行った日のことだった。
天気は少し曇っていて、空気は静かだった。
霊園の駐車場には、数台の車が停まっていた。
私はいつものように車をゆっくり進め、空いている場所を探していた。
その時、少し離れた区画に白いミニバンが見えた。
車体は大きく、駐車場の端に停まっていた。
その横で、男がしゃがんでいる。
最初は、タイヤの空気でも見ているのかと思った。
何か落としたのかもしれない。
そう思って通り過ぎようとした。
でも、次の瞬間、違和感に気づいた。
水の音がする。
地面が濡れている。
男の手元には、布のようなもの。
そして車のホイールが濡れていた。
私は思わず二度見した。
洗っている。
お墓の駐車場で。
霊園の水道を使って。
車を洗っている。
一瞬、言葉が出なかった。
そこは洗車場ではない。
ガソリンスタンドでもない。
コイン洗車場でもない。
お墓参りに来た人が、花立ての水を汲んだり、手を洗ったりするための場所だ。
その水を使って、車の足回りを洗っている。
しかも悪びれた様子もない。
私はハンドルを握ったまま、しばらく固まった。
怒りというより、呆れだった。
ここでそれをするのか。
よりによって、霊園で。
私は車を少し離れた場所に停めた。
そして、もう一度その白いミニバンを見た。
男はまだ作業を続けていた。
水をかける。
布でこする。
足元の汚れを落とす。
完全に洗車の動きだった。
周りには墓参りの人もいる。
手桶を持って歩いている人もいる。
静かに合掌している人もいる。
その空気の中で、ひとりだけ別の場所にいるようだった。
私は近づいて注意しようか迷った。
でも、やめた。
こういう相手は、直接言うと面倒になることがある。
「少しだけ」
「汚れていたから」
「誰にも迷惑かけてない」
そう返されるのが目に見えていた。
それに、ここは霊園だ。
大声で揉める場所ではない。
私はスマホを出した。
車の位置。
濡れた地面。
男が車のそばで作業している様子。
水道からの距離。
霊園の駐車場だと分かる背景。
必要な範囲だけ、写真に残した。
顔を撮るつもりはない。
晒すつもりもない。
ただ、状況が分かればいい。
時間もメモした。
何時に見つけたか。
どの場所だったか。
どれくらい続いていたか。
私はその足で管理事務所へ向かった。
受付にいた人に、できるだけ落ち着いて伝えた。
「駐車場で、霊園の水道を使って洗車している方がいます」
最初、職員の人は少し驚いた顔をした。
「洗車ですか?」
私は写真を見せた。
その瞬間、表情が変わった。
「これは困りますね」
その一言で、私は少しだけ救われた気がした。
私が気にしすぎているわけではない。
おかしいものは、やっぱりおかしい。
職員の人はすぐに別の担当者を呼んだ。
記事はまだ終了していません。次のページをクリックしてください