あの日、私はいつものように洗濯物を畳んでいた。
休日の午後だった。
テレビでは情報番組が流れ、ベランダからは近所の子どもたちの声が聞こえてくる。
何の変哲もない日だった。
少なくとも、その紙を見るまでは。
旦那のスーツをハンガーに掛けようとした時だった。
ポケットの中に何かが入っている。
レシートかと思った。
何気なく取り出して開いた瞬間、私の手が止まった。
そこには丸文字でこう書かれていた。
「GWはありがとう♡」
「すごく幸せだったよ」
「早く○○くんとの赤ちゃんがほしい」
「アパート楽しみだね!!」
しばらく理解できなかった。
頭が真っ白になった。
次の瞬間、怒りで全身が熱くなった。
赤ちゃん?
アパート?
幸せだった?
何それ。
誰の話?
いや、考えるまでもなかった。
私の旦那の話だった。
普通なら泣いていたかもしれない。
問い詰めていたかもしれない。
でも私は違った。
むしろ冷静になった。
だっておかしいのだ。
こんな手紙。
普通ならポケットに入れっぱなしにしない。
まるで私に見つけてほしかったみたいだった。
私は思った。
だったら見つけたよ。
ちゃんと。
そして見つけた以上、こっちも好きにやらせてもらう。
その日から私は動き始めた。
家計は元々すべて私が管理していた。
生活費口座。
貯蓄口座。
定期預金。
投資口座。
全部把握していた。
旦那は昔から、
「お金のことは任せる」
が口癖だった。
だから私は任された通りに動いただけだ。
まず口座を整理した。
次に資産を確認した。
そして一か月後。
私は中古マンションを購入した。
現金一括だった。
旦那には相談しなかった。
だって旦那も私に相談していなかったから。
その頃には証拠も揃っていた。
アパートの契約。
送金履歴。
プレゼント。
ホテル。
全部。
面白いくらい綺麗に揃った。
そして私は黙った。
何も言わなかった。
旦那もまだ気付いていなかった。
だが二か月目に入る頃から様子がおかしくなった。
スマホが鳴る回数が増えた。
顔色が悪くなった。
夜中に何度もため息をつく。
ある日など、
風呂場で泣いている声まで聞こえた。
どうやら向こうも思い通りにはいかなかったらしい。
赤ちゃんが欲しい。
アパートで暮らしたい。
幸せな未来。
紙にはそう書いてあった。
でも未来というのは、お金がなければ意外と進まない。
旦那はどんどん痩せていった。
スマホを見るたびに顔が曇る。
通知が来るたびにため息をつく。
私は何も聞かなかった。
興味もなかった。
そして三か月後。
私は一枚の紙をテーブルに置いた。
離婚届だった。
旦那は青ざめた。
「待ってくれ」
「本当に反省してる」
「やり直したい」
泣きながらそう言った。
私は黙って、あの手紙をテーブルに置いた。
旦那の顔色が変わった。
私は静かに言った。
「GW、楽しかった?」
旦那は何も言えなかった。
「赤ちゃん、楽しみだった?」
沈黙。
「アパート、楽しみだった?」
旦那はうつむいたまま泣いていた。
私は少しだけ笑った。
不思議と怒りはもうなかった。
あの日は本当に腹が立った。
手が震えるほど悔しかった。
でも今は違う。
人を裏切る人はいる。
家庭を壊す人もいる。
だけど一番大事なのは、その後どう動くかだ。
私は泣かなかった。
騒がなかった。
ただ準備した。
そして取り戻した。
旦那は最後まで言った。
「どうして何も言わなかったんだ」
私は答えた。
「言う必要がなかったから」
そして最後に離婚届を押し返しながら言った。
「続きは、アパートで話したら?」
その瞬間だけは、少しだけスッキリした。
あの日ポケットから出てきた紙切れは、私の人生を壊すためのものだったのかもしれない。
でも結果的には違った。
あの紙のおかげで私は目が覚めた。
そして気付いた。
裏切った人間を追いかけるより、自分の人生を取り戻す方がずっと価値があるということを。
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