あの夜の一蘭は、やけに静かだった。
私は一人でラーメンをすすりながら、友達と通話で旅行の話をしていた。
少し楽しくなって、気づけば声も大きくなっていたのかもしれない。
その時だった。
「コン、コン」
隔壁を叩く、軽い音。
何気なく横を見ると、隣の個室から紙がすっと差し出された。
反射的に受け取る。
そこにいたのは、無表情の大きな体格の男性。
一言も発さず、じっとこちらを見ている。
紙には、赤いペンでこう書かれていた。
——「声を出すな。たべおわったら、トイレに来い」
その瞬間、背中が一気に冷えた。
頭の中が一瞬で最悪の方向に走る。
(怒ってる?)
(呼び出し?)
(トイレで何かされる?)
気づけば箸が止まっていた。
通話も切ってしまうほど、手が震えていた。
怖い。
でも、どうすることもできない。
とりあえず早く食べ終えて、その場を離れようとだけ考えた。
そして、限界まで早く食べ終えた私は、店員のところへ向かった。
「すみません、ちょっと隣の方が……」
そう言いかけた瞬間だった。
店員の顔色が変わった。
そして、小さな声で言った。
「……すぐ、トイレ行ってください」
その一言で、私は完全に固まった。
恐る恐るトイレへ向かう途中、ふと気づく。
周りの視線が、どこか“心配”に見える。
嫌な予感がして、ゆっくり振り返った。
そして理解した。
——全部、逆だった。
あの紙は警告じゃなかった。
むしろ、私を守るためのサインだった。
その瞬間、さっきまでの恐怖が一気に崩れ落ちていく。
そして次に来た感情は、恥ずかしさでも怒りでもなく——
ただ静かな、救われた感じだった。
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