その日は財布の中にほとんどお金がありませんでした。
私は600円の油そばを注文。
親友は「今度お給料が入ったら絶対5,000円の方に行こう!」と目を輝かせていました。
食べ終わった私は満足そうに言いました。
「やっぱり600円でこの味は最高だよ。」
「正直、5,000円なんて気分の問題じゃない?」
すると店主が少し笑って、
「隣のお店も、おいしいですよ。」
とだけ言いました。
私は「ライバル店なのに珍しい人だな」としか思いませんでした。
そして給料日。
約束どおり、私たちは5,000円の油そば専門店へ行きました。
木のカウンター。
落ち着いた照明。
器も高級感があり、店員さんもスーツ姿。
「これは期待しちゃうね。」
運ばれてきた一杯を食べた瞬間、私は思わず声を上げました。
「えっ……全然違う!」
「めちゃくちゃおいしい!」
親友も興奮しています。
「600円とは比べ物にならない!」
「やっぱり高い店は違うね!」
私たちは最後の一口まで感動しながら食べました。
それ以来、親友はその店の常連になりました。
店主とも顔見知りになり、何度も通ううちに連絡先を交換。
やがて二人は付き合うことになったのです。
ある日、親友から突然電話がかかってきました。
「今すぐ話したいことがある!」
私は驚いて会いに行きました。
親友は笑いながら言いました。
「実はね……600円の店と5,000円の店。」
「同じ家族が経営してるの。」
「え?」
「600円のお店は彼のお父さん。」
「5,000円のお店は彼。」
私は固まりました。
さらに続く言葉に、もっと驚きます。
「しかもね……。」
「油そばのタレもベースのスープも、全部同じ工場で作ってるんだって。」
「えぇ!?」
「違うのは器と店の雰囲気、それから少しだけトッピング。」
私は思わず叫びました。
「じゃあ、あの感動は!?」
親友は笑いながら答えました。
「彼が言ってた。」
「人は『高い』『有名』『限定』って思い込むだけで、おいしく感じることが本当に多いんだって。」
「だから父は仕事帰りのサラリーマン向け。」
「僕は特別感を楽しみたい人向け。」
「どっちも満足して帰ってくれるなら、それでいいんだって。」
私は思い出しました。
あの日、600円のお店の店主が言った言葉を。
「隣のお店も、おいしいですよ。」
あれはライバルを褒めた言葉ではありませんでした。
自分の息子の店を、誇らしそうに勧めていただけだったのです。
それ以来、私は600円の油そばを食べても、5,000円の油そばを食べても思うようになりました。
味を決めるのは舌だけじゃない。
値段や雰囲気、そして「高いからおいしいはず」という思い込みも、一番強い調味料なのかもしれません。
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