部屋に入った瞬間、足が止まった。
ベッドが1つしかない。
しかもサイズも、どう見てもセミダブル。
私は一度、部屋の中を見回した。
もう一つベッドがあるはずだと思った。
ソファベッドとか、引き出し式とか。
でも、ない。
その代わり、枕の横に小さな機械が置いてあった。
黒い本体にチューブのようなもの。
明らかにホテルの設備とは思えない。
友達が後ろから入ってきて止まった。
「……え?」
私も同じ声を出していた。
「ちょっと待って」
スマホを取り出して予約画面を開く。
そこにははっきり書いてあった。
——ツインルーム。
もう一度部屋を見る。
ベッド1つ。
沈黙。
「これ、電話する?」
「するしかないだろ」
私はフロントに電話をかけた。
「すみません、ツインで予約してるんですが」
数秒の沈黙のあと、女性の声が返ってきた。
「はい、確認しております」
「でも、ベッドが1つしかないんですけど」
少し間があった。
「こちらのお部屋は問題なくお二人でご利用いただけます」
一瞬、意味が分からなかった。
「いや、ツインですよね?」
「はい、ですがこちらのお部屋でご宿泊いただけます」
説明はそれだけだった。
私はもう一度、部屋を見回した。
ベッド1つ。
謎の機械。
どう見てもツインじゃない。
「追加ベッドとかありますか?」
「申し訳ございません、本日は満室でして」
出た。
満室。
この言葉が出た瞬間、だいたい話が進まなくなる。
何を言っても、
「満室なので」で終わるやつ。
友達が小声で言った。
「なんか押し切られそうじゃない?」
私もそう思った。
ここで怒っても、向こうはマニュアル通りに対応するだけだ。
だから一度、深呼吸した。
そして聞き方を変えた。
「確認なんですが」
「はい」
「この部屋って、ホテルとして“ツイン扱い”なんですか?」
電話の向こうが、ほんの一瞬だけ静かになった。
さっきまで流れるように答えていた声が、止まった。
「……少々お待ちください」
保留音が流れた。
友達と顔を見合わせる。
「今の質問、効いたな」
「だろ」
数分後、電話が戻ってきた。
今度はさっきとは違う声だった。
「お待たせいたしました。責任者と確認いたしました」
声のトーンが、さっきより低かった。
「今回のお部屋ですが、別のお部屋をご用意いたします」
私は思わず聞き返した。
「満室じゃなかったんですか?」
一瞬、言葉が詰まった。
「……別タイプのお部屋でご案内いたします」
案内された部屋は、さっきとはまるで違った。
ちゃんとベッドが2つある。
しかも広い。
荷物を置いても余裕がある。
ドアが閉まった瞬間、友達が笑った。
「さっき満室って言ってたよな」
「言ってたな」
「普通に部屋出てきたな」
「出てきたな」
少ししてから、さっきの部屋のことを思い出した。
あのベッド。
あの機械。
もしかしたら、もともとツインじゃない部屋だったのかもしれない。
でも最初の説明では、
それを“問題ない部屋”として押し切ろうとしていた。
もし何も言わなかったら。
もしそのまま「満室なので」で納得していたら。
たぶん、あの部屋だった。
ベッド1つのまま。
補償も説明もないまま。
でも、実際には部屋は出てきた。
満室じゃなかった。
ただ、言われるまで出さなかっただけ。
そう思うと、少し怖くなった。
クレームを言いたかったわけじゃない。
ただ、予約した通りにしてほしかっただけだ。
でも、確認しなければ何も変わらない。
言えば変わることもある。
それを実感した夜だった。
これ、もしあなたなら——
「満室です」と言われた時点で、そのまま泊まりますか?
それとも、もう一度だけ確認しますか?