夫が愛媛出張から帰ってきた日のことだった。
玄関を開けるなり、夫は上機嫌で紙袋を差し出してきた。
「はい、お土産。」
愛媛の銘菓だった。
私は笑顔で受け取りながら聞いた。
「ほんとに愛媛行ったの?」
すると夫は少しだけ肩を揺らしながら、
「行ったよ(笑)」
と答えた。
その時は特に気にしなかった。
ただ、妙に早い返事だなとは思った。
その夜。
お茶でも飲みながら食べようと思い、お土産の箱を開けた。
すると違和感があった。
一つ足りない。
明らかに一個分のスペースが空いている。
「あれ?」
思わず箱を持ち上げた。
その瞬間だった。
箱の内側に、一本の髪の毛が張り付いているのが見えた。
長い。
そして鮮やかな赤色だった。
私はしばらくその髪の毛を見つめた。
そして笑った。
思わず笑ってしまった。
だって、あまりにも分かりやすかったから。
女は女の考えることが分かる。
本気で隠したいなら、こんなもの残さない。
残すということは見つけてほしいのだ。
「私は知ってるよ」
というメッセージ。
宣戦布告みたいなものだった。
私は髪の毛をティッシュに包み、何事もなかったように夫を呼んだ。
「ねえ。」
「ん?」
夫がリビングへやってくる。
私は箱を見せた。
「このお土産さ。」
「どうした?」
「一個食べられてるよ?」
夫の顔が一瞬固まった。
だがすぐに笑顔を作る。
「え?そう?」
「工場のミスじゃない?」
苦しい。
苦しすぎる。
私はさらに聞いた。
「どこで買ったの?」
「普通のお土産屋さん。」
即答だった。
きっと何度も頭の中で練習した答えなのだろう。
私は箱を眺めながら言った。
「ああ、あそこか。」
夫の顔が少し引きつる。
私は続けた。
「道路の突き当たりにある店?」
夫の笑顔が消えた。
「え?」
「赤い髪の女の人が包んでくれた?」
その瞬間だった。
夫の顔から血の気が引いた。
まるで幽霊でも見たみたいな顔だった。
私は何も言っていない。
証拠も見せていない。
名前も出していない。
なのに夫は震え始めた。
「なんで……」
小さな声だった。
「なんで知ってるの……?」
私は答えなかった。
ただ夫を見つめた。
沈黙が流れる。
すると次の瞬間。
夫は突然その場に膝をついた。
「ごめん。」
私は無言だった。
「本当にごめん。」
夫の声が震えている。
「いつから知ってた?」
「違うんだ。」
「一回だけなんだ。」
「全部話すから。」
「本当にごめん。」
私はただ黙って聞いていた。
面白いものだと思った。
私はまだ何も聞いていない。
浮気なんて一言も言っていない。
なのに夫は勝手に全部話し始めた。
人間は自分が一番隠したいことを突かれると、自分から崩れるらしい。
夫は泣きながら謝り続けた。
言い訳もした。
後悔も口にした。
でも私の心は驚くほど静かだった。
怒りもなかった。
悲しみもなかった。
ただ終わったのだと思った。
全部聞き終わったあと。
私は初めて口を開いた。
夫は顔を上げた。
少しだけ期待した顔だった。
許してもらえるかもしれない。
そう思ったのだろう。
私は夫の目を見て言った。
「出て行って。」
夫が固まる。
私はもう一度言った。
「私の家から出て行って。」
それだけだった。
夫は最後まで泣いていた。
何度も謝っていた。
けれど私は振り返らなかった。
だって夫を追い出したのは、赤い髪の毛じゃない。
浮気相手でもない。
たった一言で崩れ落ちた、その反応だったのだから。
引用元:,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]