「撮ってるからな」
その声が聞こえた瞬間、若い男の動きが止まった。
夜の歩道だった。
店の明かりはまだついていて、車も普通に走っていて、人通りもそれなりにある時間。
そんな場所で、年配の男性が突然若い男に絡まれていた。
最初は、ただの口論かと思った。
でも違った。
年配の男性は言い返している感じでもない。
むしろ驚いて、少し後ろに下がろうとしていた。
それなのに若い男は、前に出る。
距離を詰める。
腕をつかもうとする。
見ていたこっちの方が、先に息が止まった。
「え、何してるの?」
近くにいた女性が声を出した。
でも若い男は止まらない。
年配の男性は足元を崩して、歩道に座り込むような形になった。
その瞬間、周囲が一気に静かになった。
さっきまで普通に歩いていた人たちが、全員そちらを見た。
誰かがスマホを出した。
誰かが店の方に走った。
誰かが道路側に立って、男性が車道に出ないようにしていた。
私はその場で固まっていた。
怖いというより、理解が追いつかなかった。
何もしていないように見える年配の人に、なんでそこまでできるのか。
しかも、人が見ている場所で。
すると、スーツ姿の男性が低い声で言った。
「撮ってるからな。警察にも話す」
その一言で、若い男の顔が変わった。
さっきまで周りなんて見えていないような態度だったのに、急に目線が泳ぎ始めた。
スマホ。
通行人。
店の中から出てきた人。
全部に気づいた顔だった。
そして、その直後だった。
後ろの方から、誰かが小さく言った。
「足立東の生徒じゃないか?」
その言葉で、現場の空気がさらに重くなった。
東京都立足立東高校。
その名前が出た瞬間、周囲の人たちの表情が変わった。
もちろん、その場で断定なんてできない。
制服でもなかったし、本人確認をしたわけでもない。
だから私は、個人名を出せとか、顔をさらせとか、そういう話をしたいわけじゃない。
でも、学校名が出るような年齢の若者が、年配の男性に突然強く出る。
それだけで十分おかしい。
止められても、最初はふてくされたような態度だった。
「関係ないだろ」
そう言いかけた瞬間、別の男性が前に出た。
「関係あるよ。目の前で見てるんだから」
その声が、かなりはっきり響いた。
若い男は黙った。
やっと、状況が自分の思い通りにならないことに気づいたようだった。
年配の男性は、腕を押さえながらゆっくり立ち上がった。
顔には怒りよりも、困惑が出ていた。
「何もしてないんだけどな……」
その小さな声を聞いた時、正直かなり腹が立った。
大声で怒鳴る人より、こういう言葉の方が重い。
本当に、何も分かっていないまま巻き込まれた人の声だった。
近くの女性が、
「大丈夫ですか?座りますか?」
と声をかけた。
店から出てきた人が、水を持ってきた。
別の人は通報していた。
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