「払えないなら、学校に行くしかないね」
その言い方が、まずおかしかった。
朝の通学路。
私は駅に向かうために、学校裏の細い道を歩いていた。
そこは車もほとんど入ってこないけど、人がすれ違うには少し狭い。
前を見ると、スーツ姿の男が女子生徒2人を壁際に立たせていた。
片方の子はしゃがんでいて、もう片方の子は腕を組んだまま男を見ていた。
最初は先生かと思った。
でも、すぐ違うと分かった。
男の声が、通学路に響くくらい大きかったから。
「だから、鞄が当たったって言ってるだろ」
「これ、仕事の書類なんだよ」
「責任ってものがあるよね?」
しゃがんでいた子が、小さく言った。
「すみません、ぶつかったなら謝ります」
すると男は、少し笑った。
「謝るだけ?」
その瞬間、私の足が止まった。
謝るだけ。
その言葉、相手を子どもだと思っていないと出ない。
男は封筒をひらひら見せながら続けた。
「これ、取引先に出す大事な書類だから」
「角が折れたら困るんだよ」
「学校に連絡してもいいけど、それで大ごとになったら君たちも困るよね」
もう片方の子が、低い声で言った。
「じゃあ、学校に連絡してください」
男の顔が少し止まった。
「は?」
「先生呼びます。ここ学校のすぐ裏なので」
男は急に声を変えた。
「いや、そうじゃなくて。こっちは穏便に済ませようとしてるんだよ」
穏便。
壁際に立たせて、大きな声で責めておいて。
私はそこで完全に立ち止まった。
通り過ぎるふりをしながら、少し近くで様子を見た。
男が私に気づいた。
「何ですか?」
私は普通に言った。
「通りたいだけです」
男は一歩横にずれた。
その時だった。
しゃがんでいた子が、地面に落ちていた紙を拾った。
名刺かと思った。
でも違った。
レシートだった。
その子はレシートを見た瞬間、少し顔を上げた。
そして、男の封筒を見た。
「これ、さっきコピーしたやつですよね」
男の動きが止まった。
「何が?」
「レシート、ここに落ちてました」
男が慌てて手を伸ばした。
「それは関係ない」
その反応で、逆に全員が分かった。
関係あるんだ、と。
女子生徒はレシートを手に持ったまま言った。
「7時42分。コピー1枚。10円」
「この近くのコンビニですよね」
私は思わず男の封筒を見た。
たしかに新品っぽい。
角が少し折れていると言っていたけど、正直、見ても分からない程度だった。
それを“取引先に出す大事な書類”と言いながら、女子生徒2人に責任を取れと言っていた。
もう片方の子が、静かに続けた。
「しかも、私たちがここに来る前から立ってましたよね」
男の口が開いたまま止まった。
「違う。たまたま……」
「じゃあ、防犯カメラ見てもらいましょう」
その子が指さした先に、自販機があった。
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