あの日のことは、今でも鮮明に思い出す。
訪問介護の仕事で、利用者の移乗介助をしていた朝。
いつも通り、笑顔を絶やさず声をかけながら車椅子に誘導していた。
「大丈夫ですか? ゆっくりいきますね」
背中を擦りながら、手順通りに進める。
利用者も「あい〜ありがと〜」と返事を返す。
安心していた、その瞬間――
ガブッ。
いきなり腕を噛まれた。
痛みが腕を貫く。
思わず「痛っ!」と声を上げそうになるが、手を離せば利用者は転倒する。
膝と腰に力を込め、必死に耐える。
腕がジンジンしても、手は絶対に離せない。
「大丈夫、しっかり持って!」
心の中で必死に自分を励ます。
身体が緊張で硬直する。
呼吸が浅くなる。
痛みと恐怖が混ざって、世界が一瞬止まった気がした。
ようやく車椅子に移せた瞬間、ほっと息をつく。
血の気が引いて、腕を見ると紫色の跡がくっきり残っている。
この痛みと恐怖を、誰に伝えればいいのか――
上司に見せる。
同僚に見せる。
返ってきた言葉は驚くほど軽かった。
「あ〜私もあります〜。噛まれましたぁ〜w」
笑って済ませる? それで終わり?
怒りが込み上げる。
手を離せば転倒する状況で、私は必死に耐えた。
それを笑い話のように扱うのか。
その夜、家に帰っても、腕の痛みが消えない。
腕を上げるたびにジンジンする紫の痣が、あの日の恐怖を思い出させる。
身体は傷つき、心は納得できず。
何度も声をかけて、背中を擦って、安心を伝えたのに。
「大丈夫ですよ?」
そう言った私に対して、返ってきたのは「ありがと〜」だけ。
それだけで済ませられる問題じゃない。
手を離したら利用者は転倒する。
その責任と恐怖を、笑い話にするなんて許せない。
翌日、報告書を書きながら、私は思った。
対応が悪いのは誰か?
私? それとも、何も考えずに「私もあるよ〜w」と言った同僚か。
理不尽すぎる。
あの日の出来事は、単なる事故じゃない。
現場の現実を知らない人間にとっては、笑い話かもしれない。
でも私にとっては、命を預かる仕事の重みと恐怖が刻まれた瞬間だった。
あの紫色の跡を見るたびに、あのときの恐怖がよみがえる。
でも同時に、私は誇らしくもある。
手を離さなかった。
利用者を守った。
次に誰かが同じことを笑い話にしたとき、
私は静かに思い出すだろう。
「命を預かる現場は、笑い話じゃない」
血の跡と痛みが、私の証拠だ。
そして、心の中の怒りが、無神経な言葉に対する反撃の火種となる。