「水しか飲まないなら、他店へどうぞ」
店の入口に貼られたその張り紙を見て、正直、私は最悪の店だと思った。
ゴールデンウィーク中、友人と焼き鳥を食べに来ただけだった。
でもその店は、“全員アルコール注文必須”。
しかも、
「水だけでいい」「焼き鳥だけ食べたい」
そんな客は来るなと、はっきり書いてあった。
運転がある人は?酒を飲めない人は?
色々おかしいだろと思った。
友人の一人が店員に聞いた。
「すみません、車なんでソフトドリンクでも大丈夫ですか?」
すると店員は、慣れた顔で言った。
「申し訳ありません。当店はアルコール注文制です」
友人は苦笑いした。
「いや、運転なんですけど…」
その瞬間。
奥から店主らしき男が出てきた。
五十代くらい。
無愛想で、いかにも頑固そうな顔。
そして一言。
「飲めないなら他行ってください」
空気が凍った。
店内にいた客まで、こちらを見ていた。
正直、かなり腹が立った。
友人もムッとして、
「そんな言い方あります?」
と言い返した。
でも店主は全く引かない。
「ウチ、居酒屋なんで」
その態度に、私は完全に“感じ悪い店”認定した。
SNSで炎上するタイプだと思った。
すると隣席の常連っぽい男が、苦笑いしながら口を挟んできた。
「まぁまぁ。店主も前はこんなんじゃなかったんだよ」
私は意味がわからなかった。
すると男は、焼酎を飲みながら続けた。
「最近、水だけ頼んで3時間居座る客とか増えてさ」
「焼き鳥数本で、ずーっと騒ぐグループも多かった」
「で、回転率落ちて、店が赤字寸前までいったんだよ」
店主は黙ったまま、焼き場で串を返している。
でもその横顔は、怒っているというより、疲れ切っているように見えた。
さらに常連は言った。
「しかも最近、“居酒屋は公共施設”みたいな客増えたからな」
「酒頼まない、追加頼まない、でも席だけ占領」
「そりゃ壊れるよ」
私は少し黙った。
するとそのタイミングで、別のグループ客が入ってきた。
若い男3人。
席につくなり言った。
「とりあえず水で」
店員が説明すると、一人が露骨に舌打ちした。
「は?客に酒強制とかヤバくね?」
さらに、
「SNS載せるわ」
と言い始めた。
店内の空気が一気に悪くなる。
でも店主は静かだった。
そしてレジ横から、一枚の紙を出した。
そこには、先月の営業データ。
アルコール注文客と、水だけ客の平均単価が書かれていた。
さらに。
長時間滞在による回転率低下。
赤字の日。
潰れかけた月。
全部数字で並んでいた。
店主は初めてこちらを見た。
「好きでこんなルールにしたわけじゃないです」
「でも、守らないと店が死ぬんですよ」
その声は、怒鳴り声じゃなかった。
諦めきった人間の声だった。
さっきまで騒いでいた若い客も、黙った。
誰も反論できなかった。
結局その3人は、文句を言いながら店を出て行った。
でも、残った常連客たちは誰も笑わなかった。
たぶんみんな知っていたんだ。
店側も、好きで客を拒絶してるわけじゃないって。
帰り際。
店主が運転代行の番号一覧を、無言で差し出してきた。
「…飲める人だけで、また来てください」
不器用だった。
でも、最初に感じた“嫌な店”とは、少し違って見えた。
最近、“客だから何してもいい”と思ってる人、本当に増えたと思う。
でも店にも、守らなきゃいけない生活がある。
あの張り紙は、ただの高圧ルールじゃなかった。
潰れかけた店主の、最後の防衛線だったんだと思う。