昼下がりの街角、私は友人と軽く昼食を済ませ、ふらりと駅前の焼き鳥屋に足を運んだ。春の日差しは穏やかで、店先に並ぶ提灯が風に揺れている。普段なら気にも留めない看板が、今日は妙に目についた。
入り口のガラスには大きな紙が貼ってあり、黒々とした文字が私の目を釘付けにした。「当店は呑み屋です。必ず全てのお客様にお酒のご注文をしていただきます。」その下にはさらに続く注意書き。「水だけでいい、我慢する、焼き鳥が美味しいと聞いた」などの理由は一切受け付けません。どうぞ他店へ行かれてください。騒ぐ・香水がきつい等、当店の迷惑となる方は店主判断で入店後でもお帰りいただきます。」
一瞬、目を疑った。え、これ本気なのか? 運転してきた人やお酒を飲めない人はどうなるんだ。私の心は軽くざわついた。友人も眉をひそめ、紙を凝視する。「これ、マジで全員に酒注文させるの? 無理あるでしょ」と小声で呟く。
私は深呼吸をして、入り口のドアに手をかけた。好奇心が勝ったのか、あるいはただの冒険心か。扉を押して店内に入ると、カウンター席にはすでに数組の客が座っていて、皆グラスを傾けている。
香ばしい焼き鳥の匂いが漂い、店員たちは忙しく串を焼いていた。
その瞬間、店員の一人がにこやかに近づいてきた。「お客様、初めてですか?」と。私は紙を思い出しながら、「あの…ちょっと見たんですけど…」と切り出すと、店員はにこっと笑い、「そうですね、うちは呑み屋なので、注文はお酒でお願いしています」と返してきた。
友人と顔を見合わせる。笑いをこらえるのがやっとだった。私は内心、「これは無理だ、運転してきた人とか、お酒飲めない人はどうするんだ…」とつぶやく。しかし店内を見渡すと、皆楽しそうに食事をしていて、特に問題が起きている様子はない。店員の態度も丁寧で、嫌な感じは一切ない。
私は少し考え直した。紙の文言は強気だが、実際に運営されている様子は柔らかい。紙は店主のポリシーを示すためのものだろう。無理に水だけを注文する人や、運転者の心配をするよりも、この雰囲気の中で楽しむ方が正しいのかもしれない。
友人が小声で「まあ、そういうスタイルのお店ってことで、割り切れば面白いかもね」と囁く。私は頷きつつ、グラスを軽く上げてみる。
お酒を飲めない人は無理に入らない、飲める人は思い切り楽しむ。それでいいのだ。
注文したビールが運ばれてくる。泡がグラスの縁で弾け、香りが鼻腔をくすぐる。串にかぶりつくと、表面は香ばしく、中はふわっとジューシーだ。最初の不安はどこへやら、心の中は少し軽くなった。紙の言葉は挑戦的だったが、現実の店内は柔らかく、誰もが笑顔で過ごしている。
私は心の中で呟く。「まあ、こういうお店もあるか。
嫌なら来なければいいし、楽しむ人は楽しめばいい」紙の強気な文言は、逆に私の好奇心と笑い心をくすぐっただけだった。友人と一緒に笑いながら、次の串を口に運ぶ。街のざわめきと店内の香りが交わり、なんともいえない心地よさが広がる。
こうして、強気な貼り紙の裏には、柔らかい現実が隠れていたことに気づく。紙の文字に振り回されず、店の空気を読み取ることが、意外にも楽しい体験になる。私は最後に心の中で、「紙に文句言う前に、一度来て体験してみるのが一番」とつぶやいた。今日もまた、思わぬ発見に笑いがこみ上げる午後だった。