「22時に帰宅して、これを見て怒らない男なんているのか?」
それが、その夜の私の正直な気持ちだった。
朝7時に家を出て、残業続きで帰宅したのは夜10時過ぎ。
ヘトヘトだった。
玄関を開けると子どもたちはすでに寝ているようで、家の中は静かだった。
ようやく一息つける。
そう思いながらキッチンへ向かった私は、思わず立ち止まった。
シンクには食器の山。
フライパン。
鍋。
コップ。
弁当箱。
洗い物が文字通り積み上がっていた。
私は深いため息をついた。
「専業主婦なのに、これくらいやってくれてもいいだろ……」
そう呟きながらスマホを取り出した。
写真を撮り、SNSに投稿した。
「妻に申したい。」
それだけだった。
正直、少し愚痴を聞いてほしかった。
「お疲れ様」
「それは大変だったね」
「さすがにこれはない」
そんなコメントが並ぶと思っていた。
ところが翌朝。
目を覚ました私は通知の数を見て驚いた。
数万件。
投稿は想像以上に拡散していた。
そしてコメント欄を開いた瞬間、私は固まった。
そこに並んでいたのは同情ではなかった。
批判だった。
「で、お前は何時に帰宅したんだ?」
「22時?まだ洗う時間はあるな。」
「写真を撮る暇があるなら皿を洗え。」
「奥さんは今日一日何をしていたの?」
「子どもは何人?」
「妻は病気じゃないのか?」
次々と飛んでくるコメント。
私は腹が立った。
何も知らないくせに。
こっちは一日中働いてきたんだ。
だが、その中に一つだけ妙に気になるコメントがあった。
「写真の中に答えが全部写ってる。」
意味が分からなかった。
私は改めて自分の投稿した写真を見た。
そして初めて気付いた。
食器の中に混じっていたものに。
小さな子ども用の皿。
ストロー付きのマグカップ。
離乳食用のスプーン。
そして薬の容器。
その瞬間、昨日の朝の光景が頭をよぎった。
下の子は熱を出していた。
妻は朝から病院へ連れて行くと言っていた。
上の子はイヤイヤ期真っ最中。
昼寝もしない。
夕方には学校から長男が帰ってくる。
私は仕事だから家を出た。
だが妻は違う。
病気の子どもを抱えながら、一日中家の中で戦っていたのだ。
私は何を見ていたのだろう。
洗われていない食器だけを見て、
その向こうにある一日を見ようとしなかった。
その夜。
私は定時で帰宅した。
そして静かにキッチンへ向かった。
妻はソファで子どもを抱いたまま眠っていた。
髪は乱れ、
肩にはミルクの跡。
その顔には疲労が滲んでいた。
私は何も言わなかった。
黙って袖をまくり、
シンクの前に立った。
カチャカチャと食器を洗う音が響く。
しばらくすると妻が目を覚ました。
驚いた顔で私を見る。
「どうしたの?」
私は少し笑って言った。
「昨日はごめん。」
妻は事情が分からないまま首を傾げた。
私はスマホを見せた。
世界中から届いたコメントも。
そして最後に言った。
「俺、汚れた食器しか見てなかった。」
妻はしばらく黙ったあと、小さく笑った。
「じゃあ今日は百点。」
その瞬間。
何万件ものコメントより、その一言の方がずっと胸に刺さった。
家事は誰かを助けるためにやるものじゃない。
家族を守るために、一緒にやるものなんだ。
私はその日、世界中の他人に叱られて初めて、その当たり前のことを知った。
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