朝8時からずっと、あの車は障がい者専用スペースを占領していた。
そして目の前で、車椅子のお客様が狭い普通枠に無理やり停め、必死に身体をひねって降りようとしていた。
私はコンビニで働いている。
朝の清掃をしている最中、違和感に気づいた。
青いマークの障がい者専用スペースに、見覚えのある車。
エンジンは完全に冷えている。
つまり――長時間放置。
またか。
実はこの車、これが初めてではなかった。
ほぼ毎朝8時頃に現れ、昼過ぎまで動かない。
何度も軽く注意の貼り紙をした。
だが、無視。
「ちょっとだけ」の顔をして、平然と停め続ける。
その間、今日来店された車椅子のお客様は、通常の狭い枠に停めざるを得なかった。
隣の車との隙間はわずか。
ドアを大きく開けられない。
車椅子を出すために、身体を横に倒すようにして必死に降りようとしていた。
私は慌てて駆け寄り、サポートした。
「すみません…いつもなんですか?」
お客様は苦笑いした。
「まあ、よくあることです」
よくあること?
いや、あっていいことじゃない。
その瞬間、私の中で何かが切れた。
“ちょっとだけ”の積み重ねが、誰かを困らせている。
注意しても無視するなら、今日ははっきりさせる。
私は店内に戻り、大きめの紙と赤いマジックを持ってきた。
そして、はっきりと書いた。
「8:00〜女性の無断駐車」
「このせいで駐車場が使えません」
そして――
フロントガラス全面に、しっかりと貼った。
簡単には剥がれないように。
横の窓にも。
ワイパーの下にも。
“見えないふり”は、もうさせない。
昼過ぎ。
あの女性が戻ってきた。
車を見た瞬間、顔色が変わる。
「はぁ!?なにこれ!」
怒鳴り声が響いた。
紙を剥がそうとするが、なかなか取れない。
焦りと苛立ちが混ざる。
私が近づくと、彼女は怒鳴った。
「器物損壊よ!訴えるわよ!」
だが私は、冷静に言った。
「防犯映像、全部残っています」
彼女が毎朝停めていること。
今日、朝8時からずっと動いていないこと。
そして、車椅子のお客様が困っていたこと。
そのタイミングで、店から出てきたのは――
さきほどの車椅子のお客様だった。
静かに言った。
「本当に困るんです」
その一言で、空気が変わった。
女性は一瞬言葉を失った。
周囲の視線が刺さる。
正義感とか、善悪とか、そんな大きな話じゃない。
ただ、自分の“便利”のために、誰かの“必要”を奪っていた。
それだけだ。
女性は結局、何も言えなくなった。
無言で紙を必死に剥がし続ける。
乾いたら取れにくいやつ。
時間がかかる。
その間、周囲の人たちが静かに見ている。
あの日以来、あの車は二度と停まらなくなった。
私は思う。
障がい者専用スペースは、空いているから使っていい場所じゃない。
“使える人”のための場所じゃない。
“必要な人”のための場所だ。
小さな貼り紙だったかもしれない。
でも、あの瞬間だけは、正しかったと胸を張って言える。
見えないふりをしないこと。
それだけで、空気は変わる。
そして最後に動けなくなったのは――
ずっと動かなかった、あの車の持ち主のほうだった。