オンライン学科の視聴が、残り一分半になった。
私は画面の右下の時間を見て、ようやく息を吐いた。
長かった。
本当に長かった。
教習所のオンライン学科は、ただ動画を流せばいいものではない。
カメラの位置。
顔の向き。
視聴中の操作。
全部、監視されている。
分かっている。
だから私は、できるだけ真面目に座っていた。
スマホにも触らない。
別の画面も開かない。
飲み物を取る時ですら、カメラから顔が外れないように気をつけた。
途中で少し首が痛くなった。
でも我慢した。
あと少し。
あと少しで終わる。
画面の講師は、交通ルールについて淡々と話していた。
私は眠気と戦いながら、うなずくように画面を見ていた。
正直、内容よりも「無事に完走すること」に意識が向いていた。
オンライン学科は、途中で認定されなければ最初からやり直しになる。
その恐怖だけは知っていた。
だから、私は慎重だった。
慎重すぎるくらい慎重だった。
そして、残り一分半。
もう勝ったと思った。
心の中で小さくガッツポーズをした。
「よし、終わる」
そう思った、その瞬間だった。
画面の中央に、白いポップアップが出た。
私は固まった。
そこには、こう書かれていた。
「視聴以外の操作が検知されました」
「受講結果はNGになりますので改めて初めから視聴してください」
一瞬、意味が分からなかった。
視聴以外の操作。
何。
何をした。
私は何もしていない。
いや、していないはずだ。
マウスにも触っていない。
スマホも見ていない。
席も立っていない。
せいぜい、姿勢を少し直したくらいだ。
それが罪なのか。
私は画面を見つめたまま、口を開けた。
残り一分半。
残り一分半で、全てが消えた。
講義の時間。
集中力。
眠気と戦った努力。
首の痛み。
全部、白いポップアップ一枚に持っていかれた。
「嘘でしょ」
声が出た。
でも、画面は冷たい。
右下には「OK」のボタン。
押したら終わり。
押さなくても終わり。
どちらにしても、受講結果はNG。
この世には、どうにもならないOKがある。
私はしばらくそのボタンを押せなかった。
悔しすぎた。
あと一分半なら、もう見たことにしてくれてもいいじゃないか。
せめて注意で済ませてくれ。
せめて一回だけ見逃してくれ。
いや、そもそも何を検知したのか教えてくれ。
このままでは、私は自分が何の罪で処刑されたのかも分からない。
操作した覚えのない操作。
触っていないのに検知。
見ていたのにNG。
もはや交通安全より先に、システムとの信頼関係を学ばされている。
私は深呼吸した。
画面の前で、何が原因だったのか考えた。
カメラの角度か。
顔が少し外れたのか。
マウスが微妙に動いたのか。
通知が勝手に出たのか。
パソコンが裏で何かしたのか。
私ではなく、機械が何かをしたのではないか。
でも、システムはそんな言い訳を聞いてくれない。
「視聴以外の操作」
その一言で、こちらの事情は全部消される。
私は悪質な受講者になったらしい。
真面目に座っていただけなのに。
教習所に行かず自宅で受けられるのは便利だと思っていた。
でも、便利の裏には、こういう理不尽がある。
人間の先生なら、
「あ、今ちょっとカメラ外れましたよ」
で済むかもしれない。
でも機械は違う。
無慈悲。
冷静。
残り時間への同情なし。
一分半だろうが、四十分だろうが、NGはNG。
交通ルールより厳しい。
むしろ赤信号より容赦ない。
私は諦めて「OK」を押した。
画面が戻った。
当然、合格にはならない。
最初から視聴してください。
その文字が、胸に重く乗った。
最初から。
また最初から。
今見た時間は何だったのか。
私はただ、デジタルの砂場で山を作って、最後に全部崩された子どもみたいな気分だった。
悔しい。
腹が立つ。
でも、怒鳴る相手がいない。
パソコンに文句を言っても、画面は光るだけだ。
マウスを睨んでも、マウスは無罪の顔をしている。
教習所に問い合わせるか迷った。
でも、きっと言われるのだろう。
「システム上、NG判定になっていますので再受講をお願いします」
分かっている。
分かっているから余計に腹が立つ。
私は椅子にもたれた。
天井を見た。
一分半。
たった一分半。
でも、その一分半の壁は高かった。
免許を取る前に、まずオンライン学科のシステムに煽られるとは思わなかった。
交通社会は厳しい。
そして、受講システムはもっと厳しい。
結局、私はもう一度動画を開いた。
最初から。
講師の声が、また同じ説明を始めた。
さっき聞いた。
全部聞いた。
でも聞いていないことになっている。
私は画面に向かって、静かにうなずいた。
もういい。
次は呼吸すら慎重にする。
まばたきも最小限にする。
カメラの前で石像になってやる。
ただし、一つだけ言わせてほしい。
安全運転を学ぶ前に、まず私の心の安全確認をしてほしい。
残り一分半でNGは、さすがに急ブレーキすぎる。