入院してから、夜がいちばん苦手になった。
昼間はまだいい。
看護師さんが来る。
検温がある。
採血がある。
先生の説明がある。
病棟の廊下を歩く音も聞こえる。
誰かのテレビの音も、ナースコールの音も、全部が少しだけ気を紛らわせてくれる。
でも、夜は違う。
病室の明かりが落ちる。
カーテンの向こうが静かになる。
天井の白さだけが、やけに冷たく見える。
点滴の管。
枕元の水。
検査予定の紙。
全部が急に現実味を増す。
私は布団の中で、声を殺して泣いていた。
大声で泣くほどの元気もない。
ただ、しくしくと涙が出る。
止めようと思っても止まらない。
入院は、想像していたよりずっと心細かった。
検査も怖い。
治療も怖い。
結果を聞くのも怖い。
家に帰れないこともつらい。
スマホを見ても、外の世界だけが普通に進んでいる。
友達はご飯を食べている。
誰かは遊びに行っている。
家族は「大丈夫?」と送ってくれる。
でも、その言葉を見ても、余計に泣けた。
大丈夫じゃない。
でも、大丈夫じゃないと言うのも申し訳ない。
そんな夜だった。
私は布団を頭までかぶっていた。
鼻をすすった音が、自分でも情けなく聞こえた。
「こんなことで泣いてる場合じゃない」
そう思うのに、涙は勝手に落ちる。
体が弱ると、心まで薄い紙みたいになる。
少し触れられただけで、破れそうになる。
その時、カーテンの向こうで小さな気配がした。
誰かが歩いてくる音。
看護師さんかと思った。
私は慌てて涙を拭いた。
でも、入ってきたのは同じ病棟のお姉さんだった。
正確には、少し年上の患者さん。
何度か廊下で顔を合わせたことがある。
いつも静かに笑ってくれる人だった。
その人は私のベッドのそばに立つと、小さなピンクの紙を差し出した。
「これ、もしよかったら」
声も小さかった。
無理に励ます感じではなかった。
ただ、そっと置いていくみたいな優しさだった。
私は驚いて、うまく返事ができなかった。
「ありがとうございます」
それだけ言うのが精一杯だった。
お姉さんは軽く会釈して、自分のベッドの方へ戻っていった。
私はしばらく、その紙を見つめていた。
小さなメモ。
手書きの文字。
少し震えたような、でも丁寧な字。
私はゆっくり開いた。
そこには、こう書いてあった。
「私の思い込みでしたら、この手紙は捨てて下さい」
最初の一文で、もう涙が出た。
押しつけないように。
踏み込みすぎないように。
私の気持ちを決めつけないように。
そんな気遣いが、その一文だけで伝わってきた。
続きには、こうあった。
「私に比べたら大した事ではないかもしれませんが、私も今つらいです」
私は息を止めた。
その人もつらかったのだ。
いつも静かに笑っていたから、気づかなかった。
廊下ですれ違う時も、穏やかに見えた。
でも、同じ病棟にいるということは、その人にも検査や治療がある。
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