妻とはその日の夜、大げんかになった。
「卵がもったいないとかじゃないの。あなたが感情のまま物に当たったことが許せない。」
そう言われても、その時の俺は「たかが卵だろ」としか思えなかった。
結局、妻はそれ以上何も言わず、自分の部屋へ入ってしまった。
翌日から家の空気は最悪だった。
朝食もない。
弁当もない。
夜に帰宅しても食卓には何も並んでいない。
「今日は各自で。」
その一言だけだった。
最初の二、三日は外食すればいいと思っていたが、仕事から疲れて帰って毎日コンビニや牛丼ばかりなのは思った以上につらかった。
一週間ほど経った休日、スーパーへ行くと卵の特売をやっていた。
俺は何となく二パック買って帰り、冷蔵庫へ入れた。
「この前は悪かった。」
そう言うと、妻は少し驚いた顔をして、「そう思うなら、もう物に当たらないで」と静かに返した。
俺も素直に謝った。
正直、卵の値段なんて大したことじゃない。
でも、あの日壊したのは卵だけじゃなかったんだと、その時ようやく分かった。
……とはいえ、男っていうのは単純な生き物だ。
仕事で理不尽なことが続いたり、思い通りにならないことが重なると、どこかにイライラをぶつけたくなる瞬間はある。
もちろん、それを理由に物へ当たっていいわけじゃない。
だから今は、腹が立ったら深呼吸して家を出るようにしている。
あの日の床に散らばった卵を思い出すたび、「あれだけは二度とやらない」と自分に言い聞かせている。
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