事故で足が不自由になった妹を、俺はずっと一人で支えてきた。
両親は数年前に他界した。
だから妹を守れるのは俺しかいない。
病院への送り迎え。
食事の準備。
リハビリの付き添い。
全部俺の役目だった。
大変じゃないと言えば嘘になる。
それでも後悔したことは一度もなかった。
ある夜。
妹がぽつりと言った。
「私、お兄ちゃんの負担にしかなってない……」
泣いていた。
肩を震わせながら。
俺は妹を抱きしめた。
「馬鹿なこと言うな」
「お前は俺の一番大切な家族だ」
「俺がお前を守る」
妹は少し泣いて、
そして安心したように笑った。
その顔を見て、俺もようやく安心した。
「腹減っただろ?」
「今日はお前の好きなオムライス作るから」
俺は立ち上がった。
妹は小さく頷いた。
いつもの光景だった。
キッチンへ向かう途中。
玄関のチャイムが鳴った。
夜中だった。
時計を見る。
午前1時過ぎ。
こんな時間に誰だ。
ドアを開ける。
警察だった。
若い警官と年配の警官。
二人とも妙な顔をしている。
「夜分遅くに申し訳ありません」
「少しお話を……」
俺は首を傾げた。
「今忙しいんです」
「妹が待ってるので」
そう言った瞬間。
二人の表情が凍った。
年配の警官が静かに聞いた。
「妹さん……ですか?」
「はい」
「今も家に?」
「当たり前でしょう」
沈黙。
長かった。
嫌な空気だった。
そして警官は震える声で言った。
「お兄さん」
「妹さんは三年前の事故で亡くなっています」
俺は笑った。
何を言ってるんだ。
意味が分からない。
さっきまで話していた。
泣いていた。
笑っていた。
今も部屋で待っている。
俺は警官を無視して振り返った。
妹に聞けば済む話だ。
そう思った。
部屋の扉を開く。
そこには誰もいなかった。
輪椅子だけが置かれていた。
窓は閉まっている。
隠れる場所もない。
なのに誰もいない。
俺の呼吸が止まった。
警官が後ろから言った。
「近所の方から通報がありました」
「毎晩、誰もいない部屋に向かって話している男性がいると……」
俺は輪椅子を見た。
いつもの位置。
いつもの向き。
いつものまま。
そして気付いた。
今日作ろうとしていたオムライス。
妹の好物だった。
三年前。
事故で亡くなる前の。
俺はその場に崩れ落ちた。
テーブルの上には、
さっき妹が触ったはずのコップ。
だが埃が積もっていた。
まるで最初から、
誰もそこにいなかったかのように。
その時。
誰もいないはずの部屋の奥から、
聞き慣れた声がした。
「お兄ちゃん」
「もう休んでいいよ」
俺は振り返れなかった。
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