その日、夫が仕事帰りにロールケーキを買ってきた。
「美味しそうだったから。」
そう言ってテーブルに置かれた箱の中には、8切れのロールケーキが並んでいた。
子どもたちは大喜びだった。
「やったー!」
「食べたい!」
私も少し嬉しかった。
甘いものは好きだけれど、普段は子ども優先で自分の分を後回しにすることが多い。
だからこそ、たまにはゆっくりコーヒーと一緒に食べようと思っていた。
夕食の後、家族でロールケーキを食べ始めた。
夫がまず2切れ食べた。
子どもたちもそれぞれ2切れずつ食べた。
あっという間に6切れがなくなった。
残ったのは2切れ。
私はその時まだ食べていなかった。
食器を下げ、洗い物をして、洗濯物を畳み、子どもたちの歯磨きを見て、寝る準備をさせる。
ようやく全部終わった頃には、リビングには私しかいなかった。
「やっと座れる。」
私はコーヒーを淹れ、最後の2切れのロールケーキを手に取ろうとした。
その時だった。
ソファでテレビを見ていた夫が言った。
「それ、子どもたちに残してあげなよ。」
私は一瞬、意味が分からなかった。
「え?」
すると夫は当然のような顔で続けた。
「母親なんだからさ。」
「子ども優先でしょ。」
「大人なんだから我慢できるじゃん。」
私はロールケーキを見た。
そして夫を見た。
夫が食べた2切れ。
子どもたちが食べた4切れ。
そして今、残った2切れ。
なぜか私だけが我慢する話になっている。
私は静かに聞いた。
「じゃあ、あなたが食べた2切れは?」
夫の動きが止まった。
「え?」
「子ども優先なんでしょ?」
「だったら最初に残すべきだったのは誰?」
夫は何も言わなかった。
私は続けた。
「子どものために残せって言うなら、それを言う人は最初から食べてない人じゃないの?」
夫は気まずそうに視線を逸らした。
たぶん悪気はなかったのだと思う。
でも、その無意識が一番厄介だった。
私はふと思った。
ロールケーキだけじゃない。
美味しいものは子ども優先。
新しいものは子ども優先。
良い席も子ども優先。
家族旅行でも、買い物でも、外食でも。
気付けば私はいつも最後だった。
もちろん子どもは大切だ。
子どもに譲ること自体が嫌なわけではない。
でも、それが「母親だから当然」になると話は別だ。
母親だって家族の一人だ。
お腹も空くし、疲れるし、好きなものも食べたい。
なのに、いつの間にか「ママは我慢する側」という役割だけが残ってしまう。
私は最後の2切れを見つめながら思った。
悲しかったのはロールケーキじゃない。
私の分だけが最初から存在しないものとして扱われていたことだった。
そして、そのことに夫自身が全く気付いていなかったことが、一番悲しかった。
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