昼どきの郊外チェーン店。駐車場はそこそこ混んでいたが、空きスペースは普通にあった。なのに、その白いクラウンは“そこ”にいた。
出口の手前、路面に大きく「止マレ」と書かれた停止線のど真ん中。車は悠々とエンジンをかけたまま、まるで“専用駐車枠”のように陣取っている。
「……え、あそこ停める場所じゃないよな?」
私は思わず二度見した。その位置は、片側二車線の大通りに出る直前。ここに車がいると、出庫する車の視界が完全に遮られる。
実際、隣の軽自動車が出ようとして、何度も前後を繰り返していた。クラクションが短く鳴る。周りの車も詰まり始め、駐車場の空気が一気に重くなった。
私は車を降り、そのクラウンへ近づいた。運転席には、七十代くらいの男性。腕を組み、ラジオでも聞いているのか、まったく動く気配がない。
「すみません、ここ停止線なので、駐車する場所じゃないですよ」
できるだけ穏やかに声をかけた。
男はゆっくりこちらを見て、眉をひそめた。
「は? どこに停めようがワシの勝手やろ」
一瞬、耳を疑った。
「いや、ここに停めると他の車が出られなくて危ないんです。
空いてる場所もありますし――」
言い終わる前に、男は窓を開け、吐き捨てるように言った。
「若いのに説教か? 停まれって書いてあるやろ。だから止まっとるんや」
周囲で小さな笑いとざわめきが起きた。だが次の瞬間、その空気はすぐに凍る。
「迷惑かどうかはワシが決める。嫌なら通らんかったらええやろ」
完全に開き直りだった。
後ろでは、出られずに待っている車が列を作り始めている。クラクションが長く鳴った。若い母親が子どもを乗せたまま困った顔でこちらを見ている。
私は一度深呼吸した。
「じゃあ、警察を呼びますね」
男は鼻で笑った。
「呼べるもんなら呼んでみぃや」
その一言で、決心がついた。
スマホを取り出し、110番に通報。状況を説明すると、近くにいたパトカーがすぐ向かうとのことだった。
数分後。サイレンは鳴らさず、静かに一台のパトカーが入ってきた。
警察官が二人、クラウンへ近づく。
「すみません、こちら駐車場所ではありませんので、移動をお願いします」
丁寧だが、はっきりとした口調だった。
男は窓越しに顔をしかめた。
「なんや、こんなことで警察呼びよって。
ヒマなんかお前ら」
「安全確保のためです。ここに停めると交通の妨げになります」
「ワシは客やぞ? 店の前に停めて何が悪い」
警察官の表情が少しだけ引き締まった。
「ここは公道に接続する場所で、駐停車禁止に準じる扱いになります。繰り返しになりますが、移動をお願いします」
しかし男はハンドルに手を置いたまま、動かない。
「イヤや。なんでワシが動かなあかん」
完全な拒否だった。
その瞬間、後ろの列から声が上がった。
「いい加減にしろよ!」「みんな困ってるんだよ!」「危ないだろそこ!」
一人が言い出すと、次々に声が重なる。駐車場全体が“対 老人”の構図になった。
男の顔がわずかに引きつる。
警察官は一歩踏み込み、低い声で告げた。
「これ以上従っていただけない場合、道路交通法違反として対応します。場合によっては車両の移動および同行をお願いすることになります」
沈黙が落ちた。
数秒後、男は舌打ちした。
「……チッ、うるさいな」
ようやくエンジン音がわずかに変わる。だが、動かそうとした瞬間、警察官が手を上げた。
「その前に、免許証の確認をお願いします」
男の表情が固まった。
結局、男はその場で降車させられ、別の警察官に付き添われてパトカーの方へ歩かされた。駐車違反だけでなく、指示不履行として処理される可能性があるとのことだった。
クラウンは警察の手で端へ移動され、ようやく流れが戻る。
詰まっていた車列が一斉に動き出し、誰かが小さく言った。
「スッとしたわ……」
私は自分の車に戻りながら、さっきのやり取りを思い返していた。
“停まれって書いてあるから停まった”そんな屁理屈で通るほど、世の中は甘くない。
数分後、バックミラーに映ったのは、パトカーの後部座席に座らされ、さっきまでの威勢を完全に失った男の姿だった。
その光景を見たとき、駐車場の空気がようやく正常に戻った気がした。