夕方のピーク直前、私はいつものように品出しをしていた。その日はやけに店内に違和感があった。
――どこか、変な匂いがする。
最初は気のせいかと思った。だが、通路を歩くたびに鼻を刺すような臭気が強くなる。冷蔵コーナーではない。乾物や粉物の棚のあたりだ。
「……まさか」
私は足を止め、奥の棚を覗き込んだ。
そこにあったのは、本来あるはずのないものだった。
お好み焼き粉の間に、パックの牛肉が突っ込まれている。しかも――変色していた。
蓋の内側には水滴が溜まり、肉はドリップで濁り、明らかに時間が経っている。鼻を近づけた瞬間、強烈な腐敗臭が押し寄せた。
「うわっ……最悪だ」
すぐに手袋をはめ、バックヤードへ持ち込んだ。廃棄確定だった。
生鮮品は一度でも常温に置かれた時点で、時間が分からない以上、絶対に売れない。たった一つの“面倒くさい”で、商品は丸ごとゴミになる。
その時、私は決めた。
――今日は犯人を見つける。
防犯カメラの映像を確認した。
映っていたのは、30代くらいの女性だった。肉を手に取り、少し考えた後、周囲を見回し――そのまま粉物の棚に押し込んで立ち去っている。
「やっぱりか……」
ちょうどその時、同じ女性が再び店内に入ってくるのが見えた。私はすぐにレジ担当に合図を送り、出口付近で待機した。
しばらくして、その女性は何食わぬ顔で商品をカゴに入れ、レジを通ろうとした。
「すみません、お客様」
私は声をかけた。
女性は一瞬だけ顔をこわばらせたが、すぐに笑顔を作った。
「はい?」
「先ほど、お肉の商品を別の売り場に置かれましたよね?」
「え? 知りませんけど」
即答だった。だが私はタブレットを取り出し、映像を再生した。
画面には、さっきの行動がはっきり映っている。
女性の顔色が一気に変わった。
「……あの、それは……ちょっと戻すのが面倒で……」
「面倒、ですか」
私は静かに言った。
「その“面倒”で、この商品はすべて廃棄になります」
周囲の客がざわついた。
女性は焦った様子で言い訳を重ねる。
「でも、たった一個ですよね? そんな大げさに……」
その瞬間、私ははっきりと言った。
「では、お客様が弁償されますか?」
空気が凍った。
女性は口を開いたまま固まった。
「これは店の損失です。そして他のお客様にも迷惑がかかっています。
匂いで売り場全体の印象も悪くなります」
周りの客から小さな声が上がる。
「最低だな……」「戻せばいいだけなのに……」
女性はついに視線を落とした。
「……すみませんでした」
だが、それでは終わらなかった。
店長が出てきて、正式に対応が始まった。
・商品代の弁償・注意記録・悪質と判断した場合は出入り制限
女性は顔を真っ赤にして、何度も頭を下げた。
レジを終えた他の客たちは、明らかに彼女を避けるようにして店を出ていく。
完全に“場の空気”が彼女を拒絶していた。
最後に店長が一言だけ言った。
「面倒くさいことを他人に押し付ける人は、どこに行っても信用されませんよ」
女性は何も言えず、そのまま小さくなって店を出ていった。
その背中を見ながら、私は思った。
たった一つの行動でも、人の本性は出る。そして、その“ツケ”は必ず自分に返ってくる。
その日、バックヤードには廃棄された肉が一つ増えた。でも同時に、“もう同じことをしない人間”が一人増えたのかもしれない。