その画像が回ってきた時、最初は何かの冗談だと思った。
東海道新幹線の出入口。
本来なら、人が乗り降りする場所。
非常時には逃げ道にもなる場所。
そこに、キャンピングチェアが堂々と広げられていた。
しかも、座っている人は完全にくつろいでいる。
足を投げ出し、体を沈め、まるで河川敷のデイキャンプ。
さらに動画まで見ていたという。
私はスマホの画面を見つめたまま、しばらく固まった。
新幹線だよね。
指定席でも自由席でもなく、出入口だよね。
そこ、リビングじゃないよね。
何度見ても意味が分からなかった。
混雑していたのかもしれない。
席が取れなかったのかもしれない。
疲れていたのかもしれない。
でも、だからといって出入口に椅子を広げていい理由にはならない。
せめて立つ。
せめて邪魔にならない場所に移動する。
せめて周囲の人の目を少しは気にする。
その全部を飛び越えて、キャンピングチェアで爆睡。
発想が強すぎる。
周囲の乗客も、きっと困ったはずだ。
通りたい人もいる。
トイレへ行きたい人もいる。
荷物を持って移動する人もいる。
小さな子どもを連れた人だっている。
新幹線の通路は、広いようで狭い。
一人が勝手に占領すれば、すぐに空気が悪くなる。
それでも、誰も直接注意しにくい。
相手がどんな反応をするか分からないからだ。
だから乗務員に伝えたらしい。
当然だと思った。
こういう時に対応するのが、乗務員の役割のはずだ。
ところが、返ってきた言葉がまた信じられなかった。
「新横浜までこの側の扉は開かないから」
だから放置。
私はそこで、もう一度画面を見た。
いや、そういう問題ではない。
今その扉が開くかどうかだけの話ではない。
そこが出入口であること。
通路であること。
非常時の動線であること。
そして何より、他の乗客が不快に感じていること。
全部まとめて問題なのだ。
新横浜まで開かないから大丈夫。
その理屈でいくなら、非常口の前で昼寝しても、今火事じゃないから大丈夫という話になる。
そんなわけがない。
私はだんだん腹が立ってきた。
もしこれが許されるなら、次からどうなるのか。
指定席を買わずに乗る。
自由席が混んでいる。
じゃあ椅子を持ち込んでデッキに座ろう。
そんな人が出てきてもおかしくない。
「前にもやってる人いましたよね?」
「乗務員さん、何も言ってませんでしたよね?」
そう言われたらどうするのか。
一度甘く見られたルールは、すぐに壊れる。
良識のある人ほど我慢し、良識のない人ほど得をする。
そんな空間になったら、公共交通は終わりだ。
新幹線は、早く目的地へ運んでくれる乗り物だ。
同時に、見知らぬ人同士が同じ空間を共有する場所でもある。
だからこそ、最低限の線引きが必要になる。
席ではない場所に座らない。
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