その日の新幹線は、そこそこ混んでいた。
私は窓側の席に座り、スマホを見ながら発車を待っていた。
しばらくして、隣の通路側の席に一人の女の子が座った。
年齢は20代前半くらいだろうか。
ゆったりした柄のパンツに、少し派手めの服装。
どこかリラックスした雰囲気だった。
発車して数分後。
ふと横を見ると、その子が突然靴を脱ぎ始めた。
「え?」
嫌な予感がした。
そして次の瞬間。
その子は両足を持ち上げて――
前の席のテーブルに ドン と乗せた。
しかも靴下のまま。
前の席の背もたれに、足がほぼ当たる距離。
テーブルは本来、飲み物や弁当を置く場所だ。
そこに 人の足。
私は思わず目を疑った。
周りの乗客も、ちらちらこちらを見ている。
明らかに空気がおかしくなっていた。
そしてさらに信じられないことに、その子は脱いだ靴を――
通路に置いた。
普通に、通路の真ん中に。
つまり、通る人はその靴を避けて歩かなければならない。
「いやいや……」
心の中で思った。
マナー以前の問題だ。
そのまま彼女はスマホを見ながら、完全にくつろぎモード。
足はずっと前の席のテーブル。
靴は通路。
周りの人も、さすがに引いていた。
それからしばらくして、車内販売のワゴンが通ってきた。
販売員さんが、通路の靴に一瞬困った顔をした。
そして静かに靴をまたいで通っていった。
彼女は気づいていない。
いや、気にしていないのかもしれない。
その後も何人かの乗客が通った。
みんな、少し避けながら歩く。
でも誰も何も言わない。
新幹線特有の空気だ。
「関わらない方がいい」
そんな雰囲気。
私は正直、少しイライラしていた。
そして30分ほど経った頃だった。
通路を一人の男性が歩いてきた。
スーツ姿のサラリーマン。
その人は普通に歩いてきて――
通路の靴を見た。
一瞬だけ足を止めた。
そして何も言わずに、
軽く蹴った。
コツン。
その靴は通路をスーッと滑り、
座席の下の奥へ消えた。
一瞬の出来事だった。
そのサラリーマンは、何事もなかったようにそのまま歩いて行った。
私は思わず吹き出しそうになった。
数分後。
足を乗せたままスマホを見ていた彼女が、
ようやく気づいた。
「あれ?」
足を下ろす。
そして通路を見る。
靴が片方しかない。
「……?」
彼女は立ち上がった。
通路を見回す。
「え?」
周りをキョロキョロ。
座席の下を覗く。
でも見つからない。
かなり奥まで滑り込んだらしく、簡単には見えない。
彼女は焦り始めた。
「すみません…」
前の席の人に声をかける。
「靴見ませんでした?」
前の席の人は振り向いて、
一言だけ言った。
「通路に置いてましたよね?」
その言い方は、かなり冷たかった。
彼女は何も言えない。
さらに後ろの席から声がした。
「さっき誰か蹴ってましたよ」
小さな笑い声が聞こえた。
彼女の顔が少し赤くなる。
さっきまであんなに堂々と足を乗せていたのに、
今は座席の下を必死に覗き込んでいる。
そして数分後。
ようやく奥から靴を引っ張り出した。
かなり遠くまで滑っていたらしい。
彼女は無言で靴を履いた。
そして、ゆっくり足を下ろした。
テーブルにはもう足を乗せない。
通路にも何も置かない。
車内の空気が、少しだけ軽くなった。
私は窓の外を見ながら思った。
新幹線には、
色々な人が乗る。
でも一つだけ言えることがある。
公共の場所で、
好き放題できると思わない方がいい。
なぜなら、
たいていの場合――
どこかで、ちゃんと見ている人がいるからだ。