駐車場に戻った瞬間、私は思わず足を止めた。
「あ、またこいつだ」
黒いアルファード。
前にも見た。
その時も、駐車の仕方がひどかった。
枠の中に入っているようで入っていない。
周りへの配慮が、見事なほどない。
そして今日。
また同じ車がいた。
しかも、今度は一応、車止めまでは下がっている。
そこだけ見れば、前回よりはマシに見える。
けれど、近づいた瞬間に分かった。
全然マシじゃない。
車体が大きいのは分かる。
駐車場が広くないのも分かる。
でも、だからこそ真っすぐ停める努力が必要なんじゃないのか。
隣の枠に寄りすぎている。
白線ギリギリ。
隣の車の乗り降りなんて、まるで考えていない。
自分さえ停められればいい。
そんな停め方だった。
私はしばらく、その後ろ姿を眺めた。
立派な車だ。
大きい。
黒くて艶もある。
いかにも存在感がある。
でも、停め方が残念すぎる。
高級感より先に、迷惑感が前に出ている。
車のサイズに対して、運転する側の神経が追いついていない。
正直、見ているだけで腹が立った。
隣に停める人はどうするのか。
ドアを開ける時、どれだけ気を使うのか。
荷物を持っていたら。
子どもを乗せるなら。
高齢の人が乗り降りするなら。
そんなことを一秒でも考えたのか。
たぶん考えていない。
考えていたら、こんな停め方にはならない。
前回もそうだった。
今回もそう。
一度だけなら、たまたまかもしれない。
急いでいたのかもしれない。
疲れていたのかもしれない。
でも、またいる。
また同じような停め方をしている。
これはもう偶然ではない。
そういう人なのだ。
「自分の車が入ればそれでいい」
その考えが、駐車枠からにじみ出ている。
私は写真を撮った。
別に晒して楽しみたいわけじゃない。
でも、こういうのは記録しておかないと、あとで何かあった時に困る。
ドアパンチされた。
隣に入れない。
通路が狭くなる。
そうなった時、「気のせい」で終わらされるのが一番嫌だ。
迷惑駐車は、音を立てない迷惑だ。
クラクションを鳴らしているわけでもない。
怒鳴っているわけでもない。
でも、周りの人の時間と神経を確実に削る。
車を停める。
たったそれだけのことなのに、その人の性格が出る。
周りを見る人。
線を見る人。
一度降りて確認する人。
少し曲がっていたら停め直す人。
そういう人もいる。
一方で、何も見ない人もいる。
降りたら終わり。
ドアを閉めたら終了。
隣の人のことなど知らない。
その無神経さが、一番危ない。
車は大きいほど、周りへの配慮も大きくしなければいけない。
大きい車に乗るなとは言わない。
でも、大きい車に乗るなら、大きい責任も一緒に乗せてほしい。
幅を考える。
後ろを確認する。
隣の車との距離を見る。
必要なら停め直す。
それだけの話だ。
それができないなら、正直、車に乗らないでほしい。
いや、本気で。
運転技術以前の問題だ。
「自分が困らなければいい」という人がハンドルを握ると、道路でも駐車場でも周りが困る。
駐車場は、ただ車を置く場所ではない。
人が乗り降りする場所だ。
荷物を積む場所だ。
子どもや高齢者も通る場所だ。
そこに配慮できない人が、道路で配慮できるとは思えない。
私はため息をついた。
またこの車か。
またこの停め方か。
また誰かが我慢するのか。
たぶん本人は、何も悪いと思っていない。
だから繰り返す。
そして、周りだけが毎回モヤモヤする。
車止めまで下がっているからセーフ?
違う。
白線の中に一応入っているから問題なし?
違う。
駐車は、ただ枠に入れればいいものではない。
隣の人が普通に使えるか。
通路の邪魔にならないか。
周囲が迷惑しないか。
そこまで含めて、まともな駐車だと思う。
黒いアルファードは、今日も何食わぬ顔でそこに停まっていた。
立派な車体で、堂々と。
でも私には、こう見えた。
車は大きいのに、配慮は軽自動車より小さい。
次にまた見かけたら、もう驚かない。
ただ思うだけだ。
頼むから、車に乗る前に一度、自分の停め方を振り返ってくれ。
そして無理なら、ハンドルより先に常識を握ってくれ。