台北市のホテルに泊まっていた次女から、夜遅くに連絡が来た。
最初の一文で、私は一気に眠気が飛んだ。
「ママ、今ちょっと怖いことがあった」
旅先の夜。
ホテルの部屋。
しかも一人。
その組み合わせだけで、胸の奥がざわついた。
次女は台北市内のホテルに滞在して三日目だった。
観光もして、食事もして、少し疲れていたらしい。
その夜も、シャワーを浴びて、もう寝ようとしていた。
部屋は静かだった。
廊下の音もほとんどしない。
ベッドの上に荷物を置き、スマホを充電し、明日の予定を確認していた。
その時だった。
コンコン。
ドアがノックされた。
最初、次女はホテルのスタッフかと思ったという。
でも、こんな時間に?
頼んだものはない。
清掃の時間でもない。
ルームサービスも呼んでいない。
少し不安になりながら、ドアの方へ近づいた。
すると、ドアが半ドアになっていた。
その瞬間、背筋が凍ったらしい。
閉めたはずのドア。
オートロックのはずのドア。
それが、わずかに開いている。
誰かが教えてくれたのかと思った。
「半ドアですよ」と、通りかかった人が親切にノックしたのかもしれない。
そう考えようとした。
怖さを、なんとか普通の出来事に変換しようとした。
次女は急いでドアを閉めた。
カチッと音がした。
その音で少し安心した。
けれど、次の瞬間。
また、別の部屋からノックの音がした。
コンコン。
少し離れた場所で。
また別の方向から。
コンコン。
一部屋だけではない。
廊下のあちこちで、誰かがドアを叩いている。
そこで、次女は気づいた。
これはおかしい。
親切な宿泊客ではない。
ホテルスタッフでもない。
誰かが、フロアの部屋を片っ端からノックしている。
次女は息を殺して、ドアスコープを覗いた。
廊下の薄い明かりの中に、人影があった。
その人影は、ひとつの部屋の前で止まる。
ノックする。
反応がなければ、次の部屋へ行く。
またノックする。
まるで、どの部屋に人がいるのか探しているみたいだった。
次女はスマホを握りしめた。
手が震えて、画面の文字を打つのも遅くなったという。
すぐにフロントへ電話した。
「知らない人が廊下で部屋を順番にノックしています」
フロントの声は、すぐに緊張した。
「絶対に外へ出ないでください。すぐにガードマンを向かわせます」
その言葉で、余計に怖くなった。
やっぱり普通ではないのだ。
ホテル側も、軽く流さなかった。
次女はドアの前から離れられなかった。
でも、近づきすぎるのも怖い。
向こう側に誰かがいる。
ただ一枚のドアを挟んで。
やがて、その人影はフロアの部屋をすべてノックし終えたらしい。
それだけでも怖い。
ところが、終わらなかった。
今度は向かいの部屋のドアノブを、ガチャガチャと回し始めた。
その音が、廊下に響いた。
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