肉離れで痛む足を引きずりながら、新宿まで出たあの日。
本当はただ、来週の京都行きのチケットを払い戻すだけのつもりだった。
正直、気分は最悪だった。
楽しみにしていた予定も潰れ、歩くたびにズキズキと痛む足。
「今日はもう何もいいことないな」――そんなふうに思っていた。
だから、京王百貨店の催し物場で
「バーニーズニューヨーク」「ユナイテッドアローズ 最大80%OFF」
そんな看板を見つけたときも、最初は通り過ぎるつもりだった。
でも――ほんの少しだけ、気を紛らわせたくて。
「見るだけ」そう自分に言い聞かせて、足を踏み入れた。
それが、すべての始まりだった。
気がつけば、手には次々と服。
「これ、元は3万円?」「これも80%OFF?」
頭の中で“お得”が積み重なっていく。
普段、私はほとんど着物で生活している。
服をこんなにまとめて買うなんて、本当に久しぶりだった。
――気づいたときには、靴2足、服8枚。合計10点。
「……やりすぎたかも」
そう思いながらも、レジに並んだ。
そのときだった。
後ろから、はっきり聞こえる声。
「ねえ、ああいう人ってさ、絶対払えないのにカゴいっぱい持ってくるよね」
「見て、あの格好でバーニーズとか無理でしょ」
一瞬、耳を疑った。
でも、確実に“私”のことだった。
足を引きずり、化粧も最低限、服もラフ。
指先だって綺麗とは言えない。
そんな自分が、彼女たちの“判断材料”になっていた。
胸の奥が、じわっと熱くなる。
でも――何も言わなかった。
言い返すよりも、今ここで感情を出す方が負けな気がした。
静かに順番を待ち、商品をカウンターに置く。
そのとき、店員さんが少し驚いたように言った。
「こちら、今回の催事の中でも最大クラスの割引になりますね」
「さらに会員特典でポイントも付きますし、抽選にもご参加いただけます」
その言葉に、後ろの空気がピタッと止まった。
私はそのまま、カードを差し出した。
――決済は、一瞬だった。
何事もなかったかのように通る。
その瞬間、さっきの声が完全に消えた。
さらに店員さんが続ける。
「本日一番お得なお買い物かもしれませんね」
「よろしければ抽選をどうぞ」
言われるまま、くじを引く。
正直、何も期待していなかった。
――けれど。
「おめでとうございます!高額商品券とキャッシュバック当選です!」
思わず顔を上げた。
周囲がざわつく。
さっきまで笑っていた人たちの視線が、一斉にこちらに向く。
その中の一人が、小さく言った。
「え……うそでしょ」
さっきまでの余裕は、もうどこにもなかった。
私は何も言わず、商品券を受け取り、袋を持った。
そして、ほんの一瞬だけ――後ろを見た。
目が合ったその人は、視線を逸らした。
そのとき、初めて思った。
「ああ、もう十分だな」って。
店を出る頃には、足の痛みさえ少し軽く感じた。
あんなに最悪だったはずの一日が、
まさかこんな形で終わるなんて思わなかった。
外の空気を吸いながら、ふと笑ってしまう。
“どうせ無理”って決めつけてくる人もいる。
“見た目だけで判断する人”もいる。
でも。
それでいい。
全部、結果で黙らせればいいから。
私は戦利品の袋を持ち直して、ゆっくり歩き出した。
――この“倒霉な一日”、
結果的に一番気分がいい日になった。