私は三十代前半のシングルマザーです。
妊娠中に夫の浮気が発覚し、息子を出産してすぐ離婚しました。養育費はわずかで、生活のため食品加工工場でパートをしながら六歳の息子を育てていました。
家賃を少しでも抑えるために古いアパートへ引っ越した私は、隣に住む同年代のお母さんとすぐ仲良くなりました。
隣の香奈ちゃんも息子と同じ六歳。
香奈ちゃんのお父さんは長距離トラック運転手で家を空けることが多く、お互い仕事の日は子どもを預かり合うようになり、二人はまるで本当の兄妹のように毎日一緒に遊んでいました。
幼稚園ではおままごとやお医者さんごっこがお気に入りで、私たちも微笑ましく見守っていました。
ところが小学校へ入学してから、二人の様子が少し変わり始めます。
運動会の日、香奈ちゃんは朝早く起きて息子のためにお弁当を作ってきました。
息子は私が作ったお弁当にはほとんど手を付けず、香奈ちゃんのお弁当だけを嬉しそうに食べていました。
少し寂しく思っていると、帰り道に息子が真剣な顔で言いました。
「僕、大きくなったら香奈ちゃんと結婚する。
」
私は笑いながら、
「そうなんだね。」
と返しました。
ところが、それだけでは終わりませんでした。
数日後には、
「ママは男の子と女の子、どっちが好き?」
と聞かれ、
「どうして?」
と尋ねると、
「僕と香奈ちゃんの赤ちゃんだから。」
と真顔で答えたのです。
子どもの想像力だろうと思っていました。
しかしある日、香奈ちゃんが遊びに来た時、私は違和感を覚えます。
香奈ちゃんはずっとお腹を優しくなでながら、ゆっくり歩いていました。
二人は「赤ちゃんが生まれる」「病院へ行こう」と本気で夫婦ごっこを続けています。
私は笑って、
「赤ちゃんはどこにいるの?」
と聞きました。
すると香奈ちゃんは自分のお腹を指さし、
「ここにいるよ。」
と真剣な表情で答えました。
その目は冗談を言っている子どもの顔ではありませんでした。
ちょうど迎えに来た香奈ちゃんのお母さんへ事情を話すと、
「そんなはずないでしょう。」
と笑いながら娘の服を少しめくりました。
ところが次の瞬間、二人とも固まりました。
下腹部が明らかにふくらんでいたのです。
「ほらね。赤ちゃんいるでしょ。
」
得意そうに笑う香奈ちゃんを見て、私たちはすぐ病院へ向かいました。
診察したのはベテランの女性医師でした。
診察を終えると先生は穏やかに言いました。
「妊娠ではありません。鼠径ヘルニアです。」
腹腔の一部が鼠径部から飛び出してしまう病気で、小さな子どもにも珍しくなく、自然には治らないため手術が必要とのことでした。
香奈ちゃんは、お腹がふくらんでいることを「赤ちゃんがいる」と思い込み、ずっと妊婦さんのおままごとをしていたのです。
「赤ちゃんじゃないの?」
香奈ちゃんは大泣きし、手術も嫌だと泣き続けました。
隣で息子も一緒に泣き出し、
「香奈ちゃんの赤ちゃんを取らないで。」
と言って先生を困らせていました。
その後、なんとか説得して手術を受け、日帰りで無事退院。
後遺症もなく、元気いっぱい走り回れるようになりました。
しばらくして香奈ちゃん一家は念願だった一戸建てへ引っ越し、私たちは以前ほど会えなくなりました。
数か月後、久しぶりに会った香奈ちゃんは照れながら言いました。
「今は違う子と結婚するの。」
その横で息子は少しだけ悔しそうな顔をしていて、私たち母親は思わず笑ってしまいました。
あの時は本当に驚きましたが、もし「子どもの冗談だから」と聞き流していたら、病気の発見はもっと遅れていたかもしれません。
子どもの「赤ちゃんがいる」「お腹がふくらんでいる」という言葉は、ただのおままごととは限りません。
少しでも違和感を覚えたら、叱る前に、まず病院で診てもらうこと。
それが、大切な子どもを守る一番の近道なのだと、私たちは身をもって学びました。
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