
役所からの封書。
「あなたが相続人です。火葬代を支払ってください」
は?
会ったこともない叔父の、相続人が、私?
しかも文面の最後には、こう書かれていた。
「本通知をもって相続放棄の熟慮期間(三ヶ月)が開始します」
一瞬、血の気が引いた。
三ヶ月以内に動かなければ、叔父の財産も負債も、すべて私が引き継ぐ——そういうことだ。
叔父は孤独死。警察が発見し、火葬費用は役所が立て替えたという。
そしてなぜか、その請求先が「私」になっていた。
納得できるわけがない。
すぐに担当部署へ電話をかけた。
「本当に私が相続人なんですか?叔父には子どもがいたはずです」
すると、電話口の担当者Aは即答した。
「はい。戸籍上確認済みです。間違いありません」
あまりに断定的だった。
私はもう一度確認した。
「養子縁組の可能性は?」
「ありません。あなたが唯一の法定相続人です」
言い切られた。
役所がそこまで言うのなら——と一瞬思いかけたが、胸の奥に小さな違和感が残った。
叔父は昔、再婚していた。
子どもがいると聞いた記憶もある。
「間違いない」という言葉を、私は鵜呑みにできなかった。
私は自分で戸籍を取り寄せることにした。
仕事を休み、法務局と市役所を回り、古い戸籍を一つずつ追っていく。
そして、出てきた。
叔父には実子がいる。
さらに、養子が複数名。
私は、相続人ではなかった。
その瞬間、怒りよりも先に恐怖が込み上げた。
もし私が役所の言葉を信じ、慌てて相続放棄の手続きをしていなかったら?
もし戸籍を確認せずに期限を迎えていたら?
私は存在しない義務のために、数百万円の負債を背負うところだった。
すぐに家庭裁判所へ確認に行った。
窓口で事情を説明し、戸籍一式を提出すると、職員ははっきり言った。
「現時点であなたは法定相続人ではありません」
やはりそうだ。
私はその足で役所へ向かった。
担当者Aに戸籍を見せた。
「叔父には子も養子もいます。なぜ私が唯一の相続人だと断言したのですか?」
Aは一瞬黙り込み、こう言った。
「元妻の方から、子どもには連絡しないでほしいと言われていまして……」
は?
「それと、養子の方々は連絡がつかない状況で……」
だから、私?
連絡がつかないから、調べやすそうな親族に請求を回したのか。
怒りが込み上げた。
「事実確認もせずに、“間違いない”と断言しましたよね?」
Aは曖昧に目を逸らした。
私はその場で言った。
「上司の方に代わってください」
数分後、上司Bが現れた。
私は冷静に、しかし一つずつ指摘した。
・戸籍確認不足
・誤った相続人認定
・三ヶ月の熟慮期間を誤って通知
・精神的負担と相続放棄申述にかかった実費
Bは戸籍を確認し、深く頭を下げた。
「こちらの確認不足です。大変申し訳ありません」
ようやく、認めた。
私はその場で書面での誤認訂正と、相続放棄にかかった実費の補償を求めた。
数週間後、正式な謝罪文とともに、費用は振り込まれた。
さらに、担当Aは窓口業務から外されることになったと知らされた。
私は勝った——
そう思いたいところだった。
だが、この件で知ったのは、日本の制度の怖さだ。
「あなたが相続人です」と言われれば、多くの人は信じる。
三ヶ月のカウントダウンと言われれば、焦る。
でも、役所も間違える。
そして、その間違いの責任は、最初は市民に押し付けられる。
私はたまたま違和感を覚え、自分で戸籍を調べた。
もし調べていなければ、
もし「面倒だから」と動かなければ、
私は今、借金を背負っていたかもしれない。
最後にBは言った。
「再発防止に努めます」
私は答えた。
「その前に、“間違いない”と言い切る前に確認してください」
役所を出たとき、深く息を吐いた。
普通の市民でも、黙らなければ守れるものがある。
これは、たまたま運が良かった話じゃない。
疑ったから、動いたから、勝てた。
もし今、「あなたが相続人です」と言われている人がいるなら。
一つだけ伝えたい。
確認せずに信じるな。
役所も、間違える。