「手取り9,000円!?」
給料袋を開けた瞬間、私は思わずその数字を二度見した。
封筒の表にはこう書かれていた。
合計16,000円。
控除7,000円。
そして――手取り9,000円。
「えっ……?」
一瞬、頭が真っ白になった。
16,000円から7,000円引いたら9,000円。
計算としては合っている。
でも問題はそこじゃない。
「どうして控除が7,000円もあるんだ?」
思わず明細をもう一度見直す。
税金、保険料、雑費、その他――手書きで書かれた数字が並んでいる。
でも、どう考えても納得できない。
私はその場でスマホを取り出し、電卓を開いた。
一つずつ数字を打ち込んでいく。
16,000円。
そこから控除7,000円。
確かに結果は9,000円だ。
だが、問題は「その7,000円」だ。
今までこんなに引かれたことはなかった。
しかも説明も何もない。
胸の奥で、じわじわと怒りが湧き上がってきた。
「まさか……適当に引いてないよな?」
でも、ここで感情的になっても意味がない。
私は深呼吸をして、頭を冷やした。
まずは証拠を残す。
給与明細を机に置き、スマホで写真を撮る。
控除欄、合計金額、手取り額――すべてはっきり写るように。
そして、もう一度計算。
やっぱりおかしい。
控除の内訳を見ても、どうして7,000円になるのか説明がつかない。
「これは確認するしかないな」
私はそのまま会社のLINEを開き、上司にメッセージを送った。
「今日の給与明細ですが、控除7,000円の内訳を確認させてください。今までと額が違うようなので」
送信ボタンを押した瞬間、少しだけ手が震えた。
こういう連絡をすると、面倒な顔をされることもある。
「細かいこと言うな」みたいな空気になることもある。
でも、このまま黙っていたら損をするのは自分だ。
しばらくして、既読が付いた。
だが、すぐには返信が来ない。
私はもう一度明細を見直す。
やっぱりおかしい。
そのとき、スマホが震えた。
上司から返信が来た。
「ちょっと確認する」
短いメッセージだった。
それから数分後、また通知が鳴る。
「すまん、計算ミスだった」
思わず画面を二度見した。
「控除のところ、別の人の数字が混ざってた」
……は?
さらに続けてメッセージが来る。
「正しい控除は2,000円。手取りは14,000円になる」
その瞬間、胸の奥で何かがスッと抜けた。
怒りでも、不安でもない。
ただ――
「やっぱりな」
という感覚だった。
もし私が何も言わなかったら。
もし「まあいいか」とそのまま受け取っていたら。
本来14,000円の給料が、9,000円のままだった。
差額は5,000円。
たった5,000円かもしれない。
でも、それは「私が働いた分」だ。
数分後、上司から電話がかかってきた。
「悪かった。すぐ修正する」
声のトーンも、さっきまでとは明らかに違う。
「来月の給料で調整する」
私は静かに答えた。
「お願いします」
電話を切ったあと、もう一度給与明細の写真を見る。
さっきまであんなに腹が立っていた数字が、今はただの紙に見える。
でも、一つだけはっきりしたことがある。
「ちゃんと確認してよかった」
もしあのとき黙っていたら。
もし「どうせ言っても無駄」と思っていたら。
きっとそのまま終わっていた。
世の中、理不尽なことは山ほどある。
でも――
声を上げなければ、何も変わらない。
私は給与明細を封筒に戻しながら、小さくつぶやいた。
「9,000円のままにしなくてよかった」
その瞬間、胸の奥に小さな爽快感が広がった。
たかが給料の数字。
でも、それを守れたことが、今日は少しだけ誇らしかった。