橋の上で、妙な張り紙を見つけた。
「3/12 8764レ(草津回)
場所取り 鉄1名
和動禁止」
要するに――
「ここは俺の撮影場所だから動くな」
という意味だ。
ここは駅近くの歩道橋。
誰でも通れる 完全な公共の場所 だ。
なのに、まるで私有地のように紙が貼られている。
しかもテープでガッチリ固定。
私は思わず笑った。
「いや、何様だよ…」
撮り鉄が場所取りする話は聞いたことがある。
でもここまで堂々と
公共の場所を“予約”する紙 は初めて見た。
私はしばらく紙を眺めた。
そしてスマホで写真を撮った。
そのあと――
普通に剥がした。
理由は単純だ。
公共の場所に無断で張り紙をするのは
普通にルール違反だからだ。
私は紙をくしゃっと丸めてポケットに入れた。
「まぁこれで終わりだろ」
そう思って帰ろうとした。
その時だった。
後ろから声がした。
「ちょっと!!」
振り向くと、三脚を担いだ男が立っていた。
見るからに撮り鉄。
カメラバッグ、脚立、でかいレンズ。
そして私の手を見て、顔色が変わった。
「それ、俺の紙なんだけど」
私は答えた。
「いや、公共の場所なんで」
男は一瞬黙った。
そして声を荒げた。
「場所取りしてたんだよ!!」
「ふざけんなよ!!」
私は少し笑ってしまった。
「場所取り?」
「ここ歩道橋ですよ」
男はイライラしながら言った。
「だから先に貼ったんだよ!」
「ルールだろ!」
私は首を傾げた。
「誰のルール?」
周りを歩いていた人たちが
足を止めてこちらを見始めた。
男はさらにヒートアップした。
「撮り鉄の常識だよ!!」
私は即答した。
「いや、世間の非常識です」
周りからクスッと笑い声が漏れた。
男の顔が赤くなる。
「お前撮り鉄だろ?」
私は答えた。
「そうだけど?」
「だから余計に剥がしたんですよ」
男は完全に固まった。
私は続けた。
「こういう事するから
撮り鉄って嫌われるんですよ」
周りの空気が一気に変わった。
後ろのサラリーマンが言った。
「それな」
別の人も言った。
「公共の場所だしね」
男は完全に孤立した。
それでも食い下がった。
「でも今日ここ撮影ポイントなんだよ!」
私は橋の上を指さした。
「別に空いてますよ?」
実際、場所はいくらでもあった。
男は何も言えない。
そして最後に小さく言った。
「……じゃあどこで撮ればいいんだよ」
私は答えた。
「普通に来た順で撮ればいいだけです」
沈黙。
男はしばらく立ち尽くしていた。
そして三脚を持ち直し、
橋の端に歩いていった。
さっきまでの勢いは完全に消えていた。
周りの人が小声で言った。
「ナイス」
私は軽く会釈してその場を離れた。
歩きながら思った。
撮り鉄の問題は
カメラでも列車でもない。
一部の人間の“俺ルール”だ。
そしてそれを
誰も止めないこと。
でも今日は違った。
たった一枚の紙を剥がしただけで、
橋の上の空気は
少しだけまともになった。