私は毎朝、このマクドナルド和白店でコーヒーを飲むのが日課だった。
出勤前のたった15分。
窓際の席に座り、コーヒーを一口飲んで気持ちを整える。それが私の一日の始まりだった。
だが、ある日を境に――その時間が壊れた。
店に入った瞬間、違和感に気づいた。
席が、空いていない。
いや、正確には――すべて中学生に占拠されていた。
制服姿の男子が椅子に斜めに座り、机に足を乗せて笑っている。
別のグループは動画を見ながら大声で騒ぎ、机を何度も叩いていた。
「マジでウケるw」
「それもう一回見せろよ!」
店内に響く笑い声。
朝の静かな空間は、完全に消えていた。
仕方なく立ったままコーヒーを飲んでいると、後ろから小さな声が聞こえた。
「今日は…やめておこうか」
振り返ると、杖をついた高齢の男性が入口で立ち止まっていた。
いつも同じ時間に来る常連客だった。
彼は空席を探すこともせず、そのまま店を出ていった。
その背中を見た瞬間、胸の奥がざわついた。
数日後、状況はさらに悪化した。
今度は駐車場だった。
車を降りた瞬間、足元で「ぐしゃ」と音がした。
見ると、踏み潰されたポテトの箱だった。
周囲を見ると、ドリンクカップ、紙袋、ストローの袋が散乱している。
植え込みの中にもゴミが投げ込まれていた。
明らかに異常だった。
店員たちも気づいていた。
ある朝、若い女性店員が勇気を出して声をかけた。
「申し訳ありませんが、他のお客様もいらっしゃいますので、長時間のご利用はご遠慮ください」
その瞬間だった。
「は?別にいいだろ」
「何時間いようが勝手じゃん」
男子生徒の一人が椅子を蹴りながら言った。
周囲の生徒たちは笑っていた。
店員は一瞬言葉を失い、小さく「失礼いたしました」とだけ言って下がった。
その姿を見て、胸の奥で何かが沈んだ。
それでも店は、我慢していた。
「長時間のご利用はご遠慮ください」
「ゴミは所定の場所へお捨てください」
注意書きが増えていった。
だが――何も変わらなかった。
いや、むしろ悪化していった。
そして、ある朝。
店の入口に、人だかりができていた。
近づいてみると、大きな貼り紙があった。
白い紙に、はっきりとした文字。
「和白中学校・和白丘中学校の生徒の皆様
生徒のみでの出入りを禁止させて頂きます」
一瞬、空気が止まった。
ついに――店が動いたのだ。
その日、制服姿の生徒が入口で立ち止まり、貼り紙を見ていた。
「マジかよ…」
小さく呟き、引き返していった。
翌日。
店内は、静かだった。
あの騒音はない。
席には余裕があり、誰も机を叩いていない。
ゴミも落ちていない。
私はいつもの窓際の席に座り、コーヒーを一口飲んだ。
数日後。
あの高齢の常連客が戻ってきた。
彼は席に座り、小さく息をついた。
そして、コーヒーを手に微笑んだ。
その表情を見た瞬間、胸の奥が少しだけ軽くなった。
店員も、どこか安心した顔をしていた。
彼らはずっと耐えていたのだ。
客を守るために。
店を守るために。
貼り紙は、最後の手段だったのだろう。
しばらくして、駐車場のゴミも完全になくなった。
植え込みはきれいになり、以前の光景が戻っていた。
コーヒーを飲みながら、私は改めて思った。
店は、誰のための場所なのか。
騒ぐための場所ではない。
安心して過ごすための場所だ。
そして――それを守るために、立ち上がる人がいる。
あの日、貼り紙を見た時は驚いた。
だが今は違う。
あれは「拒絶」ではなく、「防衛」だったのだ。
私はカップを置き、静かな店内を見渡した。
ようやく、普通の日常が戻ってきた。
その当たり前を守るために、必要な決断だったのだと、今ははっきり分かる。