家賃3万円の部屋を15年貸した結果…退去後の部屋を見て言葉を失った
その部屋のドアを開けた瞬間、私は思わず足を止めた。
「……え?」
思わず声が漏れた。
玄関に入った瞬間、鼻を突くようなカビの匂いが広がる。嫌な予感がして、ゆっくりと中へ入る。
すると、目の前の光景に言葉を失った。
壁紙はところどころ黒く変色し、天井の角には広がるようにカビが生えている。床もシミだらけで、まるで長年まともな掃除がされていなかったかのようだった。
「……これは、さすがにひどい」
私は思わずつぶやいた。
問題の部屋は、地方にある築古アパートの一室。家賃は月3万円。
そして、今回退去した入居者は――
15年間住み続けていた。
長く住んでくれた入居者だから、多少の傷や汚れは覚悟していた。だが、ここまでとは思っていなかった。
恐る恐るトイレの扉を開ける。
そこで、さらに絶句した。
壁一面に広がる黒カビ。タンクの周りも床も、黒ずんだ汚れで覆われている。
「……なんでここまでなるんだ」
思わず頭を抱えた。
その後、業者に見積もりを依頼した。
・クロス全面張替え・床張替え・水回り清掃・トイレ交換・カビ除去
数日後、送られてきた見積もりを見て――
私は再び固まった。
修繕費 564,489円
「……56万?」
思わず声が出た。
家賃3万円の部屋の修繕費が、まさかの56万円。
正直、頭が痛くなった。
だが問題は、ここからだった。
日本には原状回復ガイドラインがある。
長期間入居していた場合、壁紙や設備の劣化は「経年劣化」と判断され、
基本的に借主負担にはできない。
つまり――
この修繕費のほとんどは、オーナー負担になる。
「……マジか」
思わず天井を見上げた。
もちろん全部請求することはできない。それでも、あまりにも酷い状態だったため、
私は退去した入居者に連絡をした。
「すみません。部屋の状態がかなり悪くて…修繕費が56万円ほどかかる見込みなんです」
電話の向こうで、相手は少し黙った。
そして、次の瞬間。
「は?」
明らかに不機嫌な声が返ってきた。
「56万?そんなわけないでしょ」
「いや、業者の見積もりで…」
「そんなのボッタクリですよ」
強い口調だった。
私は落ち着いて説明した。
「長期入居なので、大部分はこちらで負担します。ただ、それでもあまりにも状態が酷かったので…」
私は続けた。
「5万円だけご負担いただけませんか。」
すると、相手は鼻で笑った。
「5万?冗談でしょ」
「……え?」
「そもそも15年住んだんですよ?それ全部経年劣化でしょ」
言葉に詰まる。
すると、さらに続けた。
「それに56万って何?トイレ交換したって10万もしないでしょ」
「いや、それだけじゃなくて…」
「業者とグルなんじゃないですか?」
その言葉に、思わず耳を疑った。
「……は?」
「どうせ適当に高い見積もり作って、こっちから金取ろうとしてるんでしょ」
完全に疑われていた。
私はしばらく沈黙した。
そして、相手はこう言った。
「まあ、どうしてもって言うなら」
一瞬、希望が見えた。
だが次の言葉で、それは消えた。
「1万円なら出しますよ。」
「……1万円?」
「それ以上は出しません。むしろこっちが長く住んであげたんだから感謝してほしいくらいですよ」
その言葉を聞いた瞬間。
胸の奥で、何かが切れた。
だが私は、ぐっと飲み込んだ。
「……わかりました」
そう言って電話を切った。
その夜。
私はもう一度、空になった部屋に立っていた。
黒くなった壁。カビだらけのトイレ。
そして、静まり返った室内。
しばらくその場に立ち尽くしたあと、私は小さくつぶやいた。
「……やっぱり、大家って大変だな」
結局、修繕費のほとんどはこちらの負担になった。
だが、それでも思った。
この部屋をまた誰かの生活の場所にする。
それが、大家の仕事なのかもしれない。
……そう自分に言い聞かせながら、私は静かに電気を消した。