「ママの分、ちゃんと残しておいたよ」
夕飯の片付けをしながら、子どもにそう言われた。
今日は家でサーモン巻きを作った。
といっても、そんな立派なものじゃない。
ご飯を広げて、海苔を置いて、大葉とサーモンをのせて、なんとか巻いただけ。
きれいな丸にはならなかったし、切る時も少し崩れた。
でも家で食べる分には十分。
子どもたちは「おいしい!」と言いながら、できた順にどんどん食べていた。
私はその間、味噌汁をよそったり、まな板を洗ったり、使った皿を下げたりしていた。
母親あるあるだけど、自分が座るころにはだいたい食卓が少し落ち着いている。
で、やっと自分の分を食べようと思って皿を見たら。
残っていたのは、端っこだった。
しかも両方とも、切り口がちょっと不格好。
ご飯は少しはみ出しているし、サーモンも横からぺろんと出ている。
思わず口から出た。
「お母さん悲しいわ。端っこしか食べられなくて」
すると子どもが、まったく悪びれない顔で言った。
「え?そこ、おいしいところだよ」
いやいや。
普通、巻き寿司って真ん中のきれいなところが当たりじゃないの?
そう思いながら箸で持ち上げたら、気づいた。
端っこ、サーモンが多い。
真ん中のきれいな部分より、明らかに魚がはみ出している。
見た目は雑なのに、具の量だけ見たらかなり強い。
もう一つの端っこも同じ。
ご飯よりサーモンの存在感がすごい。
私はさっきまで「残り物を回された母」みたいな顔をしていたのに、実際は一番ぜいたくな部分を持っていた。
子どもが得意げに言った。
「だってママ、サーモン好きでしょ。だから大きいところ残した」
そこで完全に黙った。
見た目だけで勝手にしょんぼりしていた自分が、急に恥ずかしくなった。
夫も横から笑って、
「それ、作った人だけがわかる当たり部分だよ」
と言ってきた。
たしかに、家で作る巻き物の端っこって、店の端っことは違う。
形は悪い。
写真映えもしない。
でも具は遠慮なく飛び出している。
むしろ、いちばん家庭っぽくて、いちばんおいしい場所かもしれない。
私はさっきの一言を取り消すように、端っこを一口で食べた。
悔しいけど、おいしかった。
かなりおいしかった。
サーモンの量が多いから、口の中がちゃんと幸せになる。
大葉も効いていて、雑に見えた部分が急にごちそうに変わった。
子どもがそれを見て、
「ほらね」
みたいな顔をしていたのがまた悔しい。
結局、私は残りの端っこもきれいに食べた。
「悲しいわ」と言った母が、最後は誰よりも満足していた。
見た目だけで判断してはいけない。
これは人にも料理にも言える。
そして家庭の巻き寿司において、端っこは決して敗者の場所ではない。
むしろ、サーモン好きにとっては当たり席だった。
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