昼休み、休憩室でスマホを見た瞬間、手が止まった。
「90万円払わないと、会社に送る」
画面にはそんな文面が並んでいた。
会社名っぽい言葉。
部署名っぽい言葉。
今日中に振り込め、という圧だけは妙に強い。
雑なのに、嫌な感じだけはある。
私が黙っていると、横でお弁当を食べていた同僚がのぞき込んできた。
「なにそれ」
「変なSMS。会社に送るって」
同僚は一秒だけ真顔になった。
そして次の瞬間、笑った。
「いいね!送っちゃえー!」
いや、何がいいの。
こっちは一応、会社を出されてるんだけど。
そう言うと、同僚は箸を置いて言った。
「会社に送るって言ってるなら、会社案件じゃん」
その解釈、強すぎる。
でもその声を聞いた先輩まで寄ってきた。
「見せて。最近こういうの多いんだよ」
スマホを渡すと、先輩は文面を見てすぐ言った。
「これ、総務に共有した方がいい」
そこから急に話が大きくなった。
私はただ変なSMSを見せただけなのに、同僚がスクショを整え、先輩が総務に連絡し、私は“実例提供者”みたいな立場になっていた。
数分後、社内チャットに投稿が出た。
【注意喚起】不審なSMSにご注意ください
その下に、私のスマホへ届いた文面。
もちろん必要な部分は伏せられていた。
でも、
「90万円払わないと会社に送る」
という勢いだけは、きれいに残っていた。
部署のチャットが一気に動いた。
「これ来た人います?」
「会社に送るって、もう会社で共有されてるの強い」
「金額だけ妙にリアル」
私は机に突っ伏した。
もうやめてほしい。
すると課長まで休憩室に入ってきた。
「今の注意喚起、君の?」
終わったと思った。
でも課長は怒るどころか、普通にうなずいた。
「助かる。こういうのは実例が一番伝わる」
また教材扱い。
その時、同僚が小さく手を挙げた。
「すみません。さっき一回だけ返信しました」
空気が止まった。
私は慌ててスマホを開いた。
送信履歴に、しっかり残っていた。
「いいね!送っちゃえー!」
「何してるの!」
同僚は両手を合わせた。
「ごめん、勢いで」
勢いで返信するな。
課長が眉間を押さえ、先輩が笑いをこらえていた。
その瞬間、スマホが鳴った。
相手からだった。
一文だけ。
「送りました。
」
全員が画面を見た。
数秒、誰も話さなかった。
そして先輩がぽつりと言った。
「遅いな」
同僚が続けた。
「もう全社で見てる」
課長は静かに言った。
「その返信も総務へ」
続報扱い。
すぐに社内チャットが更新された。
【追記】相手から「送りました」と返信がありました。同様のSMSには反応せず、すぐ相談してください。
最後に課長が一言だけコメントした。
「会社に送ると脅された場合は、一人で抱えず、本当に会社へ相談してください」
その言葉で、変な怖さがすっと消えた。
相手は会社を怖がらせる道具にしたつもりだったのだと思う。
でも結果的に、その会社が一番頼れる場所になった。
90万円は払っていない。
何も失っていない。
むしろ社内の注意喚起が一つ増えた。
帰り際、同僚が得意げに言った。
「ほら、本日の教材」
私はため息をついた。
「勝手に返信したのは許してないからね」
でも、スマホに残ったあの一文を見るたびに思う。
送る相手、完全に間違えたね。
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