正直に言います。
あの日の自分を、ちょっと誇らしく思っています。
夕方の電車。
そこまで混んではいないけれど、座席は埋まり、みんなスマホを見ている、いつもの光景でした。
突然。
「…っ、うっ」
次の瞬間、車内に広がる嫌な音と、もっと嫌な匂い。
若い男性が、その場で吐いてしまったんです。
床に広がる嘔吐物。
一瞬で空気が凍りました。
みんな、半歩ずつ距離を取る。
視線は逸らす。
見ていないふり。
責める気持ちはありません。
誰だって関わりたくない状況です。
でも、その男性の顔を見た瞬間、動けなくなりました。
真っ青な顔で、「すみません」と何度も繰り返している。
私はバッグからティッシュを出して、
「大丈夫ですか」と声をかけました。
正直、匂いはきつい。
本音を言えば、逃げたかった。
でも、目の前で困っている人を完全に無視するのも、後味が悪い。
できる範囲で拭き取り、周囲の人が踏まないように最低限だけ処理しました。
ここまでは、まだいい。
問題はその後です。
使った大量のティッシュ。
当然ですが、電車にゴミ箱はありません。
床に置いておくわけにもいかない。
駅員さんもいない。
そして、誰も何も言わない。
空気はこう言っていました。
「あなたがやったなら、あなたが持って行くよね?」
心の中で思いました。
なんで私が?
私はただの通勤客です。
清掃員でも、関係者でもない。
でも、このまま放置すれば、次に踏む人がいる。
結局、ビニール袋を取り出し、全部まとめました。
袋を結び、手に持つ。
その瞬間の気持ち、わかりますか?
仕事帰りの大人が、きれいな服を着て、
他人の嘔吐物を入れた袋を持っているんです。
ちょっと笑えてきました。
電車を降り、ゴミ箱を探そうと歩き出したとき。
後ろから声をかけられました。
「ちょっといいですか。」
振り返ると、同じ車両にいた年配の男性。
何だろうと思った次の瞬間。
その方は財布から1000円札を取り出し、私に差し出しました。
「さっき見ていました。あなた、ちゃんとやっていましたね。」
一瞬、意味がわからなかった。
「いえ、そんな…大丈夫です」と言いました。
でもその方は、穏やかな顔で続けました。
「誰もやらないことを、あなたがやった。ありがとう。」
そう言って、半ば強引に1000円札を手に握らせました。
その言葉で、胸の奥に溜まっていたものが一気にほどけました。
さっきまで、
“なんで私が?”
“損な役回りだな”
そう思っていたのに。
その1000円は、高額ではありません。
でも、不思議と重かった。
お金の重さじゃない。
「見ていたよ」という言葉の重さでした。
善意は、無視されているわけじゃない。
誰かがちゃんと見ている。
そして、ちゃんと評価してくれる人もいる。
あの瞬間、
電車の嫌な匂いも、疲れも、全部どうでもよくなりました。
むしろ、少しだけ誇らしかった。
あの日、私は他人の嘔吐物を持って電車を降りました。
でも、最後に手に残ったのは、
嫌な気持ちじゃなく、確かな救われた感覚でした。
日本も、まだ捨てたものじゃない。
そう思えた出来事でした。