ベトナム人実習生の子をファミレスに連れて行った時のことだ。
仕事終わりだった。
「たまには外でご飯でも食べようか」
そんな軽い気持ちで近くのファミレスに入った。
席について注文を済ませた直後。
突然、その子のスマホが鳴った。
すると彼は迷うことなく通話ボタンを押した。
しかもビデオ通話だった。
さらにスピーカー。
そして驚くほどの大声。
一瞬で周囲の視線がこちらに集まった。
私は思わず固まった。
店内はそこまで混んでいなかったが、みんな静かに食事をしている。
そんな中で一人だけ大音量の外国語が響いている。
向かいに座る私は完全に針のむしろ状態だった。
だが本人は全く気にしていない。
むしろ満面の笑みだった。
画面の向こうにいる家族へ向かって、楽しそうに話し続けている。
1分。
2分。
5分。
終わる気配がない。
私はついにスマホを取り出した。
そして翻訳アプリを使い、
「日本では飲食店の中で通話するのはマナー違反です。みんな見ています」
と入力して見せた。
彼は画面を見る。
そして笑顔で大きく頷いた。
私は安心した。
ようやく伝わった。
そう思った。
しかし次の瞬間。
彼はそのまま通話を続けた。
何も変わらない。
むしろさらに盛り上がっている。
そして突然スマホを私の方へ向けた。
画面の向こうには年配の女性と男性。
おそらく両親だった。
彼は嬉しそうに言った。
「ファミリー!ファミリー!」
そして私に手を振れと促した。
私は困惑しながらも会釈した。
すると画面の向こうの家族も満面の笑みで手を振り返してきた。
その瞬間だった。
私は少しだけ考えさせられた。
彼に悪気は一切ない。
周囲へ迷惑をかけようとも思っていない。
むしろ家族を紹介したいほど嬉しかったのだろう。
後から聞くと、その子は日本へ来てから二年以上、一度も帰国していなかった。
両親とはスマホ越しにしか会えない。
給料の多くは実家へ送金しているという。
だから彼にとってビデオ通話は暇つぶしではない。
家族と会う時間そのものだった。
もちろん私は今でも思う。
日本では飲食店で大声の通話はマナー違反だ。
周囲への配慮も必要だと思う。
だから日本で生活する以上、日本のルールを覚える必要はある。
しかし同時に気付いた。
彼はルールを破ろうとしていたわけではない。
そもそもルールそのものを知らなかったのだ。
日本人が当たり前だと思っている
「空気を読む」
「周囲に合わせる」
「静かにする」
という感覚は、生まれた瞬間から誰もが知っているわけではない。
私たちは長い時間をかけて学んできただけだ。
あの日のファミレスで私は恥ずかしかった。
周囲の視線が気になったからだ。
でも彼は違った。
画面の向こうにいる家族の笑顔しか見えていなかった。
正直、マナーの問題はある。
それは間違いない。
だが私は今でも時々思い出す。
あの時一番幸せそうだったのは、
周囲の空気を気にしていた私ではなく、
遠く離れた家族と笑い合っていた彼の方だったのかもしれない。
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