天ぷら定食を頼んだだけだった。
カウンターに座って、揚げたての皿が出てきて、普通に「おいしそう」と思った。
衣も軽そうだし、湯気も立っている。
最初の一口を食べようとして、箸で持ち上げた時だった。
衣の端に、黒っぽい線が見えた。
焦げかなと思った。
魚の皮かなとも思った。
でも、よく見ると線じゃない。
文字みたいだった。
「え、これ……」
思わず箸を止めた。
隣にいた友人にも見せたら、友人は笑うでもなく、少し顔を近づけて言った。
「これ、なんか印刷っぽくない?」
その一言で、もう食べる気が少し引いた。
ただ、そこで大声を出すのも違うと思った。
店内は昼時で混んでいたし、店員さんも忙しそうだったから。
近くに来た女性の店員さんに、小さめの声で聞いた。
「すみません、これって魚の模様ですか?」
店員さんは最初、普通に「確認しますね」と言った。
でも皿を見た瞬間、表情が明らかに変わった。
「あ……少々お待ちください」
そう言って、すぐ厨房の奥に持って行った。
ここまではまだよかった。
問題は、その後だった。
厨房から男性の声が聞こえた。
「いや、これは衣の影でしょ」
その言い方が、こっちにも聞こえるくらい雑だった。
店員さんが小声で何か返していたけど、男性はまた言った。
「揚げたらこう見えることあるから」
私は何も言っていない。
怒ってもいない。
ただ聞いただけ。
なのに、なぜかこっちが細かい客みたいな扱いになっていた。
少しして、さっきの店員さんが戻ってきた。
「申し訳ありません。新しいものをお出しします」
そこまでは丁寧だった。
でも、その後ろから出てきた厨房の男性が、皿をちらっと見てこう言った。
「まあ、紙ではないと思いますけどね」
その瞬間、友人が静かに言った。
「じゃあ、確認したものを見せてもらっていいですか?」
店内が少しだけ静かになった。
男性は一瞬だけ黙って、奥に戻った。
数分後、今度は店長らしき人が出てきた。
手には小さな白い皿。
その上に、さっきの天ぷらから取った衣の欠片が乗っていた。
店長は最初に深く頭を下げた。
「大変申し訳ございません。紙片の可能性があります」
厨房の男性の顔から、さっきの強気が消えた。
店長の説明では、仕込みの時に使っていた敷き紙の端が、何かの拍子で食材側に残っていた可能性があるとのことだった。
私は正直、そこで一番引っかかったのは紙そのものより、最初の対応だった。
だから店長に言った。
「混入かどうかより、聞こえる場所で“影でしょ”って言われたのが嫌でした」
店長はすぐ厨房の方を振り返った。
「お客様が不安に思った時点で、こちらが確認する側です。決めつけるな」
その言葉だけは、かなりはっきり聞こえた。
厨房の男性は小さく頭を下げた。
「申し訳ありませんでした」
会計は取られなかった。
新しい天ぷらも出すと言われたけど、さすがに食べる気分ではなくて断った。
帰る時、最初に対応してくれた女性の店員さんが入口まで来てくれた。
「最初に言っていただいて助かりました。私も見た時、変だと思いました」
その一言で、少し救われた。
後日、その店の前を通ったら、厨房の見える位置に新しい注意書きが貼られていた。
「仕込み紙・包装材の確認を徹底」
たったそれだけだけど、ちゃんと変えたんだと思った。
異物より怖いのは、見なかったことにされること。
でも、最後にきちんと認めて直す店なら、まだ信用できる。
あの時、黙って食べなくて本当によかった。
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