正直に言う。
マジで、あのサラリーマンの会社に電話したい。
駅のホームで電車を待っていた時のこと。
赤ちゃんを抱っこ紐で抱えた女性が、畳んだベビーカーを持って階段を降りようとしていた。
片手は赤ちゃん、片手はベビーカー。どう見ても大変そうで、私は「まだ時間あるし、手伝おうかな」と一歩踏み出しかけた、その瞬間だった。
階段を登ってきていた、電話中のサラリーマンが現れた。
スーツ姿、片手にスマホ。正直、最初は“よくいる忙しそうな人”にしか見えなかった。
でも、その人は立ち止まった。
電話をしたまま、赤ちゃんを抱えた女性の方を見て、迷いもなく、こう言った。
「手伝って良いですか?」
……え?
いま、なんて言った?
「手伝いましょうか?」じゃない。
「手伝って良いですか?」。
この言い方、ずるくない?
断る余地がないのに、ちゃんと“選ぶ権利”を相手に残してる。
一瞬で、心を安全な場所に置く言葉だった。
女性が「ありがとうございます」と答えた瞬間、サラリーマンは電話を続けたまま、しかも自分は登りなのに、階段を一段飛ばしで駆け下りた。
畳んだベビーカーを軽々と持ち上げて、下まで運んでいく。
その光景を見た瞬間、私は完全にやられた。
優しさって、声を荒げない。
正しさって、目立たない。
でも、こういう一瞬で、全部伝わる。
ベビーカーを渡された女性は、とびきりの笑顔で「本当にありがとうございます」と言った。
サラリーマンは、少し照れたように右手を上げて応えた。
その笑顔がまた、反則だった。
そして何事もなかったかのように、電話を続けながら、また階段を小走りで登って、ホームに戻ってきた。
……ちょっと待って。
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