今、バスに乗った瞬間、「あ、これヤバいやつだ」と思った。
車内に入った途端、前の方から、止まらない咳の音。ゴホ、ゴホ、ゴホッ――しかもかなり苦しそうで、抑える気配もない。
朝のバスは狭い。人と人の距離も近い。その空気の中で、その咳は正直、かなりキツかった。
周りの反応が、はっきり分かった。
前の席の人が、露骨に体をずらす。後ろの人が、小さく舌打ちする。マスクをしていない人が、慌ててバッグを探し始める。
でも、誰も何も言わない。
言えない。言ったら、絶対に揉めるから。
「マスクしてもらえませんか?」この一言が、どれだけ重いか。
注意した側が悪者になる。空気を壊した人になる。最悪、怒鳴り返される。
その沈黙が、逆に車内をピリピリさせていた。
正直、「誰か言わないかな」「いや、自分は言いたくないな」そんな感情が、あちこちでぶつかっていたと思う。
その時だった。
運転手さんが、マイクを入れた。
声は落ち着いていて、決して強くも、冷たくもなかった。
「本日は高校の受験日です。受験生が乗車されています。」
この一言で、車内の空気が一瞬、止まった。
続けて、こう言った。
「咳が出て苦しいとは思いますが、可能な方は、マスクの着用をお願いします。」
……それだけ。
誰も名指ししない。誰も責めない。「迷惑です」とも言わない。
でも、不思議なことに、その一言は、さっきまで張りつめていた空気を一気に別のものに変えた。
次の瞬間だった。
咳をしていた人だけじゃない。周りの乗客が、一斉にマスクをつけ始めた。
まるで示し合わせたみたいに。
「あ、そうだよね」「今はそういう日だよね」そんな無言の了解が、車内を流れた。
さっきまでの、「誰かが悪いかもしれない空気」は、どこかへ消えていた。
代わりにあったのは、「今は守ろう」という、静かな一致。
これ、もし運転手さんが何も言わなかったら、たぶん違う結末になってた。
誰かが我慢しきれず注意して、誰かがムッとして、車内が一気に修羅場になっていたかもしれない。
でも、そうならなかった。
たった一言で、衝突は回避された。
私はその瞬間、胸の奥がじわっと熱くなった。
優しさって、声を荒げることじゃない。正しさを振りかざすことでもない。
こうやって、“全員が納得できる理由”を差し出すことなんだ。
受験生本人は、きっと何も言えない。周りの大人が、代わりに守る。
それを、誰も傷つかない形でやってのけた運転手さん。
本当に、すごい。
バスはそのまま走り続けた。咳の音も、だんだん小さくなった。車内の空気は、確実に落ち着いていた。
降りる時、思わず心の中で言った。
運転手さん、ありがとう。マスクをつけた皆さんも、ありがとう。
派手な出来事じゃない。ニュースにもならない。
でも、ギリギリで衝突を避けたこの一瞬は、確実に“いい世界”だった。
そして、受験生のみなさん。今日は、ちゃんと守られていました。
どうか、自分を信じて。がんばれ。