駅のお手洗いで手を洗っていた時のこと。人も多くて、洗面台はほぼ満員だった。
隣の洗面台を見ると、知らないお婆さんが顔を洗っていた。駅のトイレで顔を洗う人、珍しいなとは思ったけど、まあそれは個人の自由。私は視線を落として、さっさと手を洗い、タオルを出して拭こうとした。
その瞬間だった。
👵🏻「あ、あなた。ちょっとそのタオル貸して」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。聞き間違いかと思って顔を上げたら、お婆さんが、当然のような顔でこちらを見ていた。
🦫「え……ごめんなさい。嫌です」
反射的に、そう答えた。声は小さかったと思う。でも、はっきり言った。
すると、相手の表情が一気に変わった。
👵🏻「え?なんで!?ちょっと顔拭くだけなのに!!」
……あ、これヤバいやつだ。
声が大きい。しかも“ちょっとだけ”って言えば、相手が折れると思ってるタイプ。
周りの空気が変わったのが分かった。洗面台の前にいた人たちが、ちらっとこちらを見る。完全に、公開の場になった。
👵🏻「最近の人は冷たいわねぇ」👵🏻「若いのに信じられない」
出た。道徳カード。
私は一瞬だけ、頭が真っ白になった。断っただけなのに、まるで私が非常識みたいな空気を作られている。
でも、次の瞬間、スッと冷静になった。
おかしいのは、どっちだ?
私はタオルを握ったまま、相手を見て、はっきり言った。
🦫「赤の他人ですよね?」
声は荒げなかった。でも、周囲にも聞こえるくらいの音量で。
👵🏻「……だから何よ」
🦫「赤の他人のタオルで、顔を拭くのは無理です。衛生的にも、気持ち的にも」
一瞬、間があった。
👵🏻「ちょっと拭くだけなのに、大げさね」
私は一歩も引かなかった。
🦫「嫌なものは嫌です。それ以上でも、それ以下でもありません」
その時だった。
後ろにいた女性が、小さく言った。
「……それ、普通に無理ですよ」
別の人も続いた。
「自分のタオル使いますよね」
「知らない人のは、ちょっと……」
一気に流れが変わった。
さっきまで“冷たい若者”にされかけていた私が、いつの間にか“常識側”に戻っていた。
お婆さんは明らかに焦り始めた。視線が泳ぎ、口元が引きつる。
それでも最後に、負け惜しみみたいに言った。
👵🏻「人情がないわね」
その瞬間、私は一呼吸おいて、静かに、でも決定打になる一言を置いた。
🦫「それ、ご家族にも嫌がられませんか?」
――空気が、凍った。
本当に、一瞬で。
お婆さんは口を開いたまま固まり、何か言い返そうとしたけど、言葉が出てこなかった。
周りの人も、完全に無言。
数秒後、👵🏻「……もういいわ」と小さく呟いて、洗面台を離れていった。
背中が、やけに小さく見えた。
私は何も言わず、タオルをバッグにしまい、その場を離れた。
心臓は少しドキドキしていたけど、不思議と後悔はなかった。
親切と境界線は、別物だ。善意は、強要された瞬間に暴力になる。
「嫌です」と言えることは、冷たさじゃない。自分を守るための、最低限の権利だ。
あの場で一歩引いていたら、きっと後で、ずっとモヤモヤしていたと思う。
でも今日は違った。
ちゃんと、守った。自分の境界を。
それで十分だ。