朝のラッシュ。私は電車の座席に座っていた。
突然、横から命令口調で言われた。「この子に席、譲ってください」
「すみませんが、無理です。他をあたってください」
そう言った瞬間、その母親は子どもに向かって、わざと聞こえる声で言った。「このお姉さん、◯◯には譲りたくないんだって」
一気に視線が集まる。車内の空気がピリついた。
母親は私を睨んだまま、今度は隣の男性に向き直った。「すみません、この子に席を…」
「嫌です」即答。
さらに向かいの人にも。「この子、まだ小さいんですけど」
「無理です」こちらも即断。
三連続で拒否。それでも母親は引かない。
「皆、意地悪だね」子どもに向かって、ため息混じりに言う。
「子どもがいるのに、誰も譲らないなんて」「最近の大人って冷たい」
私は黙って様子を見ていたが、ふと気づいた。子どもは元気いっぱいで、座席の間を走り回っている。一方、母親はずっとスマホ。片手で操作しながら文句だけは一人前。
やがて、声が大きくなる。「子どもには席を譲るのが常識でしょ?」
私は静かに返した。
「じゃあ、どうしてあなたは立たないんですか?」
母親、言葉に詰まる。「私は子どもを見てるから!」
「その子、さっきから走ってますけど」
周囲から小さな笑い声。母親の顔が一気に赤くなる。
「ケチ!」「信じられない!」
そこで私は、はっきり言った。
「ちなみに、その子、運賃払ってます?」「払ってないですよね」
「払ってない子のために席を譲れって言うなら、私の運賃、払ってください。私はお金を払って、この席に座ってます」
完全に沈黙。
ちょうどその時、車掌さんが来た。事情を聞いて確認。
「お子さん、切符はお持ちですか?」
「……ありません」
「ここは優先席です。ルールを守れない場合、次の駅で一度降りてください」
母親は必死に食い下がる。「子どもなんですよ!?」
「だからこそです」
次の駅。母親と子どもは、周囲の冷たい視線の中で降りていった。
私はそのまま座り続けた。子どもは最後、振り返ってこちらを見ていた。
たぶん今日、初めて知ったんだと思う。世界は、自分の都合だけでは回らないって。