夫が倒れていた。
リビングの床、靴も脱げないまま。
救急隊が来て、心肺蘇生が行われ、機械の音が止まり、
誰かが静かに首を振った。
「……もう、ダメです」
その言葉は、
医者から、救急隊員から、近所の人から、
まるで当然の事実のように繰り返された。
警察官が到着し、
廊下は救急車とパトカーで塞がれ、
空気は一気に“手続き”の匂いに変わった。
死亡時刻。
状況確認。
事故か、事件か。
すべてが冷静で、正確で、間違いのない流れだった。
ただ一人、
その流れに乗らなかった人がいた。
妻だった。
彼女は床に座り込み、夫の顔を見つめたまま、
誰の方も見なかった。
そして、小さな声で、こう言った。
「……もしかしたら、仮死かもしれません」
一瞬、空気が止まった。
誰もが思った。
――現実を受け入れられていないのだ、と。
誰も否定はしなかった。
ただ、次の手順へ進もうとした。
そのとき、一人の警察官が手を止めた。
「……寒いですね」
そう言って、
彼は毛布を持ってきて、
夫の体にそっとかけた。
ただそれだけのことだった。
だが、妻は初めて顔を上げた。
遺体搬送の時間が来た。
妻は突然立ち上がり、
警察官の袖を強く掴んだ。
声は震え、言葉は支離滅裂だった。
「もし……」
「もし、起きたら……」
「起きたら、きっと驚きます」
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