仕事終わり、頭の中がまだ半分オフィスに置きっぱなしみたいな状態で、電車に揺られてた。
スマホを見る元気もなくて、ただ車窓の暗い景色をぼーっと眺めてたんだけど――
「……ツン、ツン」
隣のお姉さんに、肘で軽くつつかれた。
え?なに?って顔をしたら、彼女は声を出さずにスマホを差し出してきた。開かれていたのは、メモ画面。
そこに書かれていた一行で、背中が一気に冷たくなった。
「横にいる男の人、あなたの後ろをずっとついてきてた。気をつけて」
一瞬、息が止まった。
横を見るのが怖くて、視線だけで確認する。斜め前に立つ男。こちらを見ている…気がする。気のせいじゃない気がする。
“たまたま同じ駅で降りる人”って可能性もある。でも、こういうのって、当たってほしくない予感ほど当たる。
何より、彼女がわざわざメモで知らせてきた。
声にしたら相手に気づかれる。だから、メモ。
その判断の速さに、私はもう半分助けられていた。
私が固まっていると、お姉さんはもう一度メモを打ち直して、画面を私に向けた。
「私は次で降りる。あなたは降りるフリをして、すぐ違う車両に移動して」
……え、プロ?
パニックになりかけた頭の中に、避難経路だけがスッと引かれた。
“どうしよう”じゃなくて、“こうする”に変わるだけで、人って動けるんだ。
次の駅が近づく。車内アナウンスがやけに遠い。心臓の音だけ近い。
お姉さんは、何でもない顔をして立ち上がった。すごい。普通の乗客の顔を保ったまま、私の命綱を握っている。
ドアが開く瞬間、彼女は小さくうなずいた。合図だ。
私は立ち上がり、いったん降りる“フリ”をする。足をホームへ出す。――そこで、すぐ引き返す。
このタイミング、0.5秒でも遅れたら終わる。
でもお姉さんの作戦通り、私はホームに出た瞬間にくるっと向きを変えて、反対側の扉から隣の車両へ滑り込んだ。
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