スーパーのセルフレジって、便利なはずなのに、たまに「人間の方がアップデートされてない」現場に遭遇する。
その日もそうだった。夕方の混み始め、セルフレジ前はほどよく列が伸びていて、みんな黙々とバーコードを通してる。静かな“生活のBGM”みたいな空気。――そこに、突然の怒号。
「早くしろよ!急いでんだ俺は💢」
声の主は、こちらの肩越しに前方へ圧をかけるタイプの男性。機械に怒ってるのか、人に怒ってるのか、たぶん本人もわかってない。とにかく急いでるらしい。急ぎの内容は知らないけど、急いでることだけは全員に伝わった。
前の人の手が止まった。セルフレジって、焦らされると逆にミスが増えるのよね。画面を見落としたり、袋詰めで詰まったり。あの怒鳴り声は、速さを生むどころか“渋滞を増やす”タイプのやつ。
列の空気が固まった瞬間、私はふと思った。
――ここで口論したら、この人はさらに声量を上げる。勝ち負けじゃなくて、ただ疲れる。
なら、勝たずに勝つ方法がある。
私は一歩横にずれて、できるだけ柔らかい声で言った。
「あの……私、全然急いでないので……よかったら先どうぞ☺️ ちょうど買い忘れもあるし」
言いながら私は、ほんの少しだけ自分のカゴを引いて、彼が入りやすい“通路”を作った。視線も笑顔も、完全に善意のそれ。自分でも笑えるくらい丁寧だったと思う。
すると彼は一瞬だけ戸惑って、すぐに態度を変えた。
「お、姉ちゃんいいんか?悪いな」
「いえいえ😊 どうぞどうぞ😊」
ここまで見ると、私がただの“いい人”に見える。
たぶん列の後ろの人たちもそう思っただろうし、彼自身も「ほら見ろ、俺が急いでるって言ったら道が開いた」くらいに思ったかもしれない。
でもね、世の中には“優しさの形をした安全装置”ってものがある。
彼が立ったそのレジ、実は――キャッシュレス専用。
画面の横に小さく、でも確かに書いてある。「現金はご利用いただけません」って。私はそれを、さっきから見ていた。なぜなら私は普段キャッシュレス派で、そこを狙って並んでいたから。
彼は勢いよく商品を通し、最後に財布を取り出し、札を握りしめた。――そして、固まった。
画面に出る案内。
「このレジでは現金はご利用いただけません」
彼の顔が“理解のロード中”になった。数秒、指が止まり、目だけが泳ぐ。さっきまでの「俺は急いでる」が、急に所在を失っていくのがわかった。急いでる人って、まず表示を読まない。読まないのに、急かす。
後ろの列は面白いほど静かになった。
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