出社して自分の机を見た瞬間、私は思わず声が出た。
「……これ、どうしろっていうの?」
机の上に置かれていたのは、たった一枚のメモ。
そこにはこう書かれていた。
「〇〇さん宛にお電話ありました。折り返し下さいとの事です。打ち合わせの件みたいです。宜しくお願い致します!」
一見、普通の伝言メモに見えるかもしれない。
でも、よく見てほしい。
誰からの電話なのか、会社名もない。
電話番号もない。
何時にかかってきたのかもない。
どの打ち合わせの件なのかも分からない。
つまり、情報としてはほぼゼロ。
“電話がありました”という事実だけを、丁寧な言葉で包んだ紙切れだった。
しかもそのメモを書いたのは、配属されたばかりの新入社員。
私はしばらくメモを見つめたあと、深呼吸した。
怒鳴るのは簡単。
でも、ここで感情的になったら、こっちが悪者になる。
だから私は、まず新入社員を呼んだ。
「これ、誰からの電話?」
すると彼は、悪びれる様子もなく言った。
「えっと……名前は聞いたんですけど、ちょっと忘れました」
その瞬間、私の中で何かがピキッと音を立てた。
「電話番号は?」
「聞いてないです」
「会社名は?」
「たぶん、取引先っぽかったです」
「打ち合わせって、何の打ち合わせ?」
「そこまでは……向こうが“打ち合わせの件”って言ってたので」
私は笑いそうになった。
いや、笑うしかなかった。
取引先“っぽい”。
打ち合わせ“みたい”。
名前は“忘れた”。
電話番号は“聞いてない”。
これで私に「折り返してください」と言われても、超能力者じゃないんだから無理に決まっている。
しかもこの日、私は午後に重要な商談を控えていた。
もしこの電話がその関係者からだったら、こちらの信用問題になる。
私は新入社員に聞いた。
「じゃあ、私はどこに折り返せばいいの?」
彼は少し困った顔をして、こう言った。
「そこは、何とか調べてもらえれば……」
その一言で、私の中のスイッチが完全に入った。
何とか調べる?
誰が?
なぜ、電話を受けた本人が必要な情報を聞かず、受け取った私が尻拭いをする前提なのか。
でも私は怒鳴らなかった。
その代わり、私はそのメモを持って、社内の電話履歴を確認した。
受付のログ、代表番号の着信履歴、時間帯の記録。
新入社員が電話を受けたであろう時間を絞り込み、そこから何件かの番号を拾った。
そして一件ずつ、こちらから確認の電話を入れた。
「本日午前中、弊社にお電話いただきましたでしょうか」
正直、かなり手間だった。
でも、その手間をかけたことで、やっと相手が分かった。
電話の主は、午後の商談先の担当者だった。
しかも内容は、打ち合わせ場所の変更。
もし気づかずに元の場所へ向かっていたら、こちらは完全に遅刻扱い。
記事はまだ終了していません。次のページをクリックしてください