「今のうちに買わないと、もう手に入りませんよ」――店長がそう言えと言った瞬間、私は黙って公式通知をコピーした。
朝、薬局に出勤すると、店長が一枚の紙をレジ横に置いた。
そこには、アース製薬がポリデントやシュミテクトなどの取扱いを年内で終了するという内容が書かれていた。
私は最初、「ああ、契約が変わるんだな」くらいに思った。
でも店長の顔は、妙ににやけていた。
「今日から、これはあまり急いで売らなくていい」
私は手を止めた。
「売らなくていい、ですか?」
店長は小声で言った。
「年末に近づいたら、欲しがる人が増えるだろ。少し値段を上げても売れる」
その瞬間、胸の奥が冷たくなった。
さらに店長は、棚の前にいるお年寄りをちらっと見て言った。
「特に年配のお客さんには、“今買わないと後で困るかもしれませんよ”って言えばいい」
私は思わず聞き返した。
「でも、公告には“供給への影響は軽微”と書いてありますよね?」
店長は面倒くさそうに笑った。
「そんな細かいところ、客は読まないよ」
その一言で、完全に無理だと思った。
商品を売るのは仕事です。
でも、不安をあおって余計に買わせるのは、仕事じゃない。
まして、毎日使うものを真面目に選んでいる人たちを相手に、わざと勘違いさせるなんて。
私はその場では言い返さなかった。
代わりに、休憩時間に公式通知を読み直した。
内容ははっきりしていた。
アース製薬とHaleonジャパンとの間で結ばれていた、日本における独占的流通・販売契約が終了するという話。
契約解消日は年末。
対象商品にはポリデントやシュミテクトなどが含まれている。
でも、それは「商品が消える」という意味ではない。
通知には、関連製品の供給への影響は軽微と書かれていた。
私は必要な部分を抜き出し、誰が見ても分かるように短くまとめた。
「これは販売契約に関するお知らせです」
「商品そのものが直ちに販売終了になるという意味ではありません」
「必要以上の買いだめはおすすめしません」
そして最後に、太字でこう書いた。
「不安な場合は、店員に確認してください」
私はそれを印刷し、レジ横と対象商品の棚に貼った。
さらに小さな手書きポップも作った。
「落ち着いて必要な分だけで大丈夫です」
午後になると、すぐに反応があった。
ポリデントを五箱もカゴに入れていた年配の女性が、貼り紙をじっと読んでいた。
そして私に聞いた。
「これ、もう買えなくなるわけじゃないの?」
私はうなずいた。
「少なくとも、この通知は“今すぐ消える”という内容ではありません。普段使う分だけで大丈夫だと思います」
女性はほっとした顔で、カゴから三箱を棚に戻した。
「よかった。テレビで見たら不安になっちゃって」
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