息子のマンション退去の日、管理会社から渡された明細を見て、私はその場で言葉を失った。
合計、493,900円。
一瞬、数字を読み間違えたのかと思った。
「え、49万……?」
担当者は当然のような顔で言った。
「お部屋でタバコを吸われていたので」
確かに、息子が喫煙者だったことは事実だ。
そこは否定しない。
タバコの臭いやヤニで壁紙に影響が出ることも分かっている。
だから、ある程度のクロス張り替え費用は覚悟していた。
でも、明細を見れば見るほど、胸の奥がザワザワした。
ハウスクリーニング。
エアコン内部洗浄。
浴室清掃。
床の補修。
ドア枠の修理。
クロス張り替え。
さらに、よく分からない細かい項目がずらりと並んでいる。
まるで部屋を丸ごと新品にするための費用を、すべてこちらに乗せられているように見えた。
担当者は淡々と説明した。
「喫煙されていたので、通常より原状回復費用が高くなっています」
その言葉だけで、全部を納得させようとしている空気だった。
でも、私はその場で頷かなかった。
息子が悪い部分はある。
それは分かっている。
けれど、“喫煙していた”という事実が、何でもかんでも借主負担にしていい理由になるのか。
そこだけは、どうしても引っかかった。
「すみません、一度持ち帰って確認します」
私がそう言うと、担当者は少しだけ表情を変えた。
「早めにお支払いくださいね」
その言い方に、私はさらに違和感を覚えた。
まるで、こちらが何も知らずに慌てて支払うことを前提にしているようだった。
家に帰ってすぐ、私は契約書を引っ張り出した。
細かい文字を一つずつ読んだ。
特約。
退去時の負担。
原状回復。
喫煙に関する記載。
何度も何度も読み返した。
すると、見えてきた。
契約書に書かれていたのは、主にクロス張り替えに関する内容だった。
少なくとも、明細に並んでいるすべての項目を、借主が全額負担するとは書かれていない。
そして、禁煙物件であるという説明も、契約書上でははっきり確認できなかった。
私は深く息を吐いた。
もちろん、息子の喫煙によって汚れた部分は責任を持つ。
そこを逃げるつもりはない。
でも、契約にないものまで一方的に請求されるなら話は別だ。
私は明細をコピーし、赤ペンを持った。
まず、クロス張り替えの項目に印をつけた。
次に、ハウスクリーニング。
それからエアコン内部洗浄。
浴室清掃。
床補修。
ドア枠修理。
一つずつ見ていくと、疑問がどんどん増えていった。
これはタバコと関係があるのか。
通常清掃に含まれるのではないか。
経年劣化ではないのか。
重複している項目はないのか。
そもそも、施工前後の写真はあるのか。
請求根拠はどこに書かれているのか。
私は赤ペンで明細の横に書き込んでいった。
「契約書に記載なし」
「要説明」
「重複の可能性」
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