会社の窓から見える駐車場に、ずっと気になる赤い車がありました。
最初に見た時は、ただの停め間違いだと思いました。
少し急いでいたのかもしれない。
運転が苦手なのかもしれない。
そう思って、最初は流しました。
でも翌日も、その車は同じように停まっていました。
黄色い車線をまたぐように、堂々と斜めに。
そしてその次の日も。
さらにその次の日も。
一台分のスペースに収まる気なんて、最初からないような停め方でした。
正直、私には直接の被害はありません。
私の車が出せないわけでもないし、私がその駐車場を使っているわけでもありません。
でも、毎日会社の窓からそれを見るたびに、なぜか胸の奥がムカムカしました。
他の車は、きちんと線の中に停めている。
狭くても、何度も切り返して、ちゃんと周りに気を使っている。
なのにその赤い車だけは、まるでそこが自分専用の広い駐車場みたいに、線をまたいで停まっているのです。
ある日、同僚にその話をしました。
「またあの赤い車、変な停め方してる」
すると同僚は笑って言いました。
「まあ、あなたに実害ないなら放っておけば?」
たしかに、その通りです。
でも私は、どうしても納得できませんでした。
迷惑って、直接ぶつけられた時だけ迷惑なのでしょうか。
誰かがルールを破って、他の人が少しずつ我慢している状態も、十分迷惑だと思いました。
その日から、私は何も言わずに写真を撮ることにしました。
一日目。
赤い車は、左側の黄色い線を完全に踏んでいました。
二日目。
今度は後ろの車がかなり停めにくそうな位置でした。
三日目。
相変わらず、車体の角度はおかしいまま。
四日目。
もう偶然とは言えない停め方でした。
私は写真に日付と時間が分かるようにして、毎日同じ場所から撮りました。
感情的な言葉は入れません。
「ひどい」
「ムカつく」
「非常識」
そういう言葉は、全部飲み込みました。
代わりに、事実だけを並べました。
同一車両が複数日にわたり、駐車枠をまたいで停車していること。
隣接する車両の駐車に影響が出る可能性があること。
車線が確認できる写真があること。
そして、それを駐車場の管理会社に送りました。
送信ボタンを押した瞬間、少しだけスッキリしました。
別に大ごとにしたいわけではありません。
ただ、誰かが一度は見てほしかったのです。
すると翌日。
いつものように会社の窓から下を見ると、赤い車のフロントガラスに白い紙が貼られていました。
警告通知でした。
私は思わず窓に近づきました。
内容までは読めません。
でも、それが管理会社からの注意であることはすぐに分かりました。
さらにその翌日、駐車場の横に新しい案内板が立っていました。
「駐車枠内に正しく停車してください」
「枠外駐車・迷惑駐車は管理会社へご連絡ください」
それを見た瞬間、心の中で小さくガッツポーズしました。
そして一番爽快だったのは、その後です。
数日後、また赤い車が来ました。
私は反射的に窓の外を見ました。
すると、その車は驚くほどきれいに枠内へ停まっていました。
前も後ろも、左右も、きっちり線の内側。
まるで教習所の駐車練習みたいな完璧さでした。
私は思わず笑ってしまいました。
なんだ。
できるんじゃない。
できないんじゃなくて、今までやらなかっただけ。
誰にも何も言われないと思って、好き勝手に停めていただけだったのです。
その後、赤い車が線をまたいで停まることはなくなりました。
同僚が窓の外を見ながら言いました。
「あれ?あの車、ちゃんと停めるようになったね」
私は何も言わずに笑いました。
怒鳴らなくてもいい。
直接注意しなくてもいい。
相手が逆ギレする場面に巻き込まれる必要もない。
写真を撮って、記録を残して、管理する立場の人に伝える。
それだけで、変わることもあります。
小さなルール違反を見て見ぬふりすると、やった人だけが得をします。
でも一度きちんと指摘されると、急に“できる人”になる。
あの赤い車を見て、私ははっきり思いました。
非常識な人ほど、注意されるまで自分の非常識を「問題ない」と思っている。
だからこそ、黙って我慢するより、静かに証拠を残す方が強いのです。