「妊娠8ヶ月でお腹が痛くて動けなかった夜、夫は“今帰る”の一言だけ残して、朝まで帰ってこなかった。」
あの夜、私は一人で病院に行った。
玄関のドアを閉めるとき、ほんの少しだけ「戻ってきてくれるかもしれない」と思っていた自分が、情けなかった。
タクシーの中で、何度もスマホを見た。
既読はついている。
でも、返信は来ない。
診察台の上で、冷たい器具に触れながら、看護師さんに聞かれた。
「ご主人は一緒じゃないんですか?」
私は少し笑って、答えた。
「仕事で、遅くて」
嘘だった。
診察が終わり、医師に言われた。
「無理はしないでください。今の時期は、少しのストレスでも影響が出ます」
その言葉が、胸に刺さった。
帰り道、やっと来たLINEは一行だけだった。
「飲んでた、ごめん」
その瞬間、何かが音を立てて切れた。
家に帰って、私は静かに荷物をまとめた。
泣かなかった。怒鳴りもしなかった。
ただ、淡々と。
そして翌朝、私は両親と義両親に連絡をした。
「少し、話したいことがあります」
朝9時。
リビングに、全員が揃った。
夫は、まだ眠そうな顔で座っていた。
状況が飲み込めていない様子だった。
「なんで、こんな大げさに……?」
その一言で、空気が変わった。
私はゆっくりとスマホをテーブルに置いた。
昨夜のやり取りを開く。
「これ、見てください」
義母が画面を覗き込む。
既読がついているのに、返信がない時間。
そして、たった一言の「飲んでた、ごめん」
沈黙が落ちた。
私は続けた。
「昨日、腹痛で病院に行きました」
義父の眉がぴくりと動いた。
母が息を呑む音がした。
夫が慌てて口を開く。
「いや、それは知らなくて……連絡くれてたら——」
「送ってます」
私は即座に遮った。
「何度も、送りました。既読、ついてますよね」
言い訳が止まった。
「妊娠8ヶ月です」
私は静かに言った。
「いつ何があってもおかしくない時期です」
夫は目を逸らした。
その瞬間、義母が口を開いた。
「……あなた、何を考えてるの?」
低く、抑えた声だった。
「妻がこんな状態で、一晩連絡も返さず飲み歩くなんて、父親になる人のすることじゃないでしょう」
夫が何か言おうとした。
でも、言葉が出てこない。
私は続けた。
「正直に言います。もう、信用できません」
部屋の空気が一気に張り詰めた。
「このまま一緒にいるのは無理です。しばらく実家に戻ります」
夫が顔を上げた。
「は?ちょっと待てよ、そこまで大げさにすることか?」
その言葉に、父が机を軽く叩いた。
「大げさだと?」
低い声だった。
「娘は一人で病院に行ってるんだぞ。お前は何をしてた?」
夫は黙った。
私は最後に、はっきりと言った。
「守れない人と、一緒にいる意味はありません」
誰も、反論しなかった。
その日のうちに、私は実家に戻った。
荷物は最小限。必要なものだけ。
玄関を出るとき、夫は何も言えなかった。
ただ、立ち尽くしていた。
スマホが震えた。
メッセージが届く。
「本当にごめん。考え直してくれ」
私は画面を見て、少しだけ目を閉じた。
そして、返信した。
「必要な時にいない人は、これからもいないと思う」
送信ボタンを押して、スマホを閉じた。
もう、迷いはなかった。
守るべきものは、決まっている。
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